蜂蜜酒


鼻腔をくすぐる甘い香り、かぐわしきその金色、
禁軍左将軍は誘われるように奥へ奥へと、歩を進める。
かの芳香は厨房のあたり、彼がひょいっと、覗き込むとそこには王の親友の少女が二人。
「あら、どうしたの?桓たい」
紺碧の頭を揺らし祥瓊は禁軍左将軍の姿を認め不思議そうに尋ねた。
「何か、いい匂いがしないか?」
ふんふんと、鼻をひきつかせ彼が問うのに、祥瓊と鈴は顔を見合わせ、ふふふ、と笑み。
「これのことですね。」
鈴が、金色の液体を指し示す。
「蜂蜜です。和州侯の柴望様が先ほど下さったので、陽子にこれでお菓子を作ってあげようかと思って。」
言いつつ、その手は絶え間なく粉を練り、少しづつ蜂蜜を加えていく。
それを幾分陶然として眺めていた彼は、ふと、
「それ、少しくれないか?」
「お菓子?もちろん、あとでみんなでいただきましょ。」
祥瓊が軽やかに答えるのに、
「いや、蜂蜜のほう」
桓たい、やっぱり、あなた、半獣のケモノの性が勝ったね。とは、さすがにいえなかったが、十分視線に現れていたのだろう、彼は慌てて、
「ち、ちがう、俺が舐めるんじゃない!」
弁明した。
「酒を造るんだ」
「お酒ですか?蜂蜜で?」
そんなの聞いたことがないと鈴が不思議そうに問う。
「ああ、昔、麦州にいたとき、友達の家で飲んだことがある。お袋が親父に時々造ってたのを見てたから造れる。」
「蜂蜜でお酒だなんて、素敵。ね、できたらわけて下さいな。陽子が好きそう。」
「そうだな、出来たら浩瀚様にも差し上げようと思っていたから、少し多めに作るかな。」
桓たいと、鈴、ふたり盛り上がっているところに、
「駄目よ駄目!」
常になく慌てた祥瓊の声が遮った。
「どうしたの祥瓊」
「なんだ、大声出して、」
「とにかく、それを陽子と浩瀚様に差し上げたら絶対駄目」
「え〜〜! どうして、」
抗議の声を上げる二人に、幾分呆れた顔を隠しもせず。
「まさか、知らないとは言わせないわよ。」
剣呑な視線を送る、まあ、鈴は海客だから知らないかもしれないが、桓たいが知らないなんて、
「このお酒はね、新婚の夜、飲むのよ。」
「そうなのか?」
「桓たいあなた、友達の家で飲んだって言ったわね、その友達、新婚だったんじゃない?」
「う、そういえば、そうっだった。でも、なんでだ?」
「もう、信じられない! 」
「え〜! 祥瓊、どうして、教えてよ、ねえ、。」
と、鈴、
「駄目よ、」
「だめなら、誰かに聞くぞ。」
と、桓たい
「それも駄目!」
怒鳴られて、鈴と桓たいはぷうっと膨れだす。
仕様がない、このまま不思議がってだれか他に人に聞かれるよりは、
「しかたないわ、じゃあ、教えるけど。これはね、新婚の花嫁が花婿の為に作るお酒なのよ。どうしてだか解る?」
桓たい、鈴、二人そろって首をふる。
ほんとに知らないのね、この二人、
ため息が出るのをぐっとこらえ、
「精がつくのよ。」
一気に言った。
(なんで、わたしがこの金波宮鈍感無知人間に教えなきゃいけないのよ。まあ、筆頭の陽子にはいま浩瀚様がいろいろ教えてくださるから、助かるけど、はあ、つかれた。)
「そ、そう・・なの・・ね。」
「あ、そう・・か、」
だから祥瓊が駄目といったわけが二人やっと理解できた
(知らずに浩瀚様に差し上げたら、殺されるところだった。)
桓たいは背筋に滝のように流れ落ちる汗とおなじだけ、祥瓊に言いようのない感謝の念をおくる、
「そうね、このお酒は、いらないわね。」
鈴がふっと、いう。
「そう、解ってくれた?」
祥瓊がさすがの鈍感娘も理解してくれたことに安堵し、
胸をなでおろした、
が、
「うん、だってぇ、浩瀚様には必要ないでしょ?もし飲んだら陽子がたいへんだもんねぇ、」
「・・・・」
「・・・・」
たしかに、
そうだな、
・・・・・浩瀚様には必要ない・・・・・



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新婚のことを『蜜月』と言う所以となった蜂蜜酒『ミード』編三部作が凍れる果実さんによって醸造されました。この第一作で重要な部分は熊さんの台詞「お袋が親父に時々造ってた」でございます。(そうか?)熊さん発生(発生言うか)の秘密発覚!?(違います) →第二部