時折吹く風はまだ冷たさを含んでいたが、大気は馥郁たる甘やかさを秘めている。
 そんな、初春を過ぎた頃。一組の男女が卓子を囲み、なにやら楽しげに談笑していた。
「罪の味がするな」
 女が意味深な言葉を呟く。
 なにげに飛び出した物騒な科白より、裏腹な表情に気を惹かれた。
「穏やかじゃないな」
 卓子に伸ばしかけた手を止め、揶揄するように方眉を上げてみせる。
 ふたりの目の前には、開けたばかりの紙製の箱が置かれ、親指大の包みが顔を覗かせている。
 中にある綺麗に並んでいるそれには、いくつか空きがある。
 男ーーー少年と呼ぶ方がいいだろうか。持ってきたもので。
 本人曰く、『お土産』だそうだ。
「ーーーそ、そんな大層なことじゃなくて」
 思わず漏れた独り言を聞かれ、女は面に朱を走らせた。
「・・・・昔ーーー私がまだ蓬莱にいた頃、こっそりコレをつまみ食いしたんだ」
「つまみ食い?それが罪なのか」
「いや、コレの中にお酒が入っているだろう。蓬莱では未成年・・・ある一定の年にならない者は飲酒は出来無いんだ。しかも、それを食べた当時私はまだ子供だった。それに、父親が特に厳しかったものだから・・・。」
 包み紙を弄びながら、口に出さぬものを己の中に沈み込ませる。
 そんな女の様子は見ない振りをして、またひとつ口に放り込む。
「そんなにきつくないけどな、外はチョコだしーーーコレも酒の内に入るのか」
「厳密に言えば酒とは言えないんじゃないかな、たぶん」
「へぇ・・・・んじゃ、陽子はいい子ちゃんだったんだ」
 口元に笑み、意地悪そうに目を細める。
「・・・・厳しいな、延麒は」
「そりゃうちの奴等だ。抜け出すのも一苦労だ」
「あちらの方達に同情一票だ」
「うわっ、キビシ!こっちには同情の余地なしか」
「その通り」
 顔を見合わせた一瞬後、弾けるように笑い出すふたり。
 穏やかな午後が過ぎていく。


「ーーーその時の罪悪感って言うのかな・・・いや、罪に酔うってのが正しいな。ばれるんじゃないかとか、箱を開けた時の心臓の音とか、口の中の甘さとか、そんなもの急に甦ってきたんだ。あまりに唐突に。だから思わず独り言がねーーーまさか、延麒に聞かれるとは思わなかったけど」
 笑いながら、またひとつ包みを開ける。
「罪に酔う、か・・・どっかの誰かさんが言いそうだな」
「剣も上手いけど」
「口も上手いってか」
 重なる言葉と笑い声。その場にいない事を良いことに言いたい放題なふたりである。

「失礼します」
「ーーーんっ?浩瀚どうした、何かあったのか」
 涼やかな気配と声音を持つ男は、延麒に向かい叩頭する。 「ご歓談中失礼致します。延台輔に置かれましては、大変ご機嫌麗しくまことに喜ばしい限りでございます」
「ーーーんあぁ・・・浩瀚。んな堅苦しくすんなよぉ」
「そう言うわけには参りません」
「なんか景麒みたいだな」
「ほんとほんと」
 こほん。咳払いが妙に響く。
「お楽しみ中まことに申し訳ありませんが、宜しいでしょうか」
「・・・・・・ぁあ、すまない。で、なんだ浩瀚」
 面に斜線を浮かべながら、問う。 
「主上にご覧になって頂きたい懸案がございまして、お伺い致しました」
「そうか。ーーー延台輔、申し訳ありませんがここで失礼させていただきます」
「んにゃ、かまわねぇよ。この後桂桂の所に顔だそうと思ってたし」
「そうですか・・・。じゃぁ、私も終わり次第そちらに行こうかな」
「したら、一緒に夕飯喰おうぜ」
「いいですね」
 さらに続きそうな会話を、止めるのはひりりとした冷気。
「・・・・そ、それじゃ行こうかーーー浩瀚」
「はい」
「それでは、延麒また後で」
「おう」
 その後に続く浩瀚。扉から退出する寸前怜悧な面を向ける。
 絡み合うふたつの視線。しかし、それは浩瀚が頭を下げることで逸らされた。
 静寂が存在をやたらと誇張する空間。
「あぁーーーこういうの何て言ったかなぁ。三角関け・・・・いや違うな。他にもいるからなぁ」
 数秒の瞠目。
「よっし、ここは蓬莱的にーーー恋のから騒ぎ!何てどうだ、略して恋から・・・って、誰もいないよ。ちょっと空しいかも」

 卓子の上の最後のひとつをひょいっと舌に乗せれば、とたんに広がる極上の甘み。
 しばらくそのままに味わう。飽いたように歯を立てれば、苦みの混じった甘くあつい液体が流れ出す。それは喉元を過ぎ、胃の府まで届くと炎に変じる。
 ーーー陽子が浩瀚に見せた一瞬の笑みに青白い炎がジリジリと這い上がる。身体の内壁で混じり合った炎は、さらなる熱を煽る。

「罪の味か・・・・罪に酔ってるのはいったい誰かっな♪」

 口笛を風に踊らせながら、堂室を後にする。
 舌先に疼くような甘さを残して。



                  



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子供にとってボンボンは大人の匂いのする魅惑の味だと思います。H.v.H.は小学校五年生の時好きだった男の子にバレンタインデーにボンボンをあげました・・・モテる子だったので、もう山積みなんですよ。だから翌朝「酒くれたのオマエだろ」って言われた時は「よし!」でしたね。(よしも何もそれっきりですけど・・・笑)
そんなことはどうでも良く(笑)、ボンボンが似合うのは六太しかいませんね。見なさい。冢宰の警戒ぶりを・・・(笑)対して六ちゃんは楽しんでますから、やはりここは実年齢の年の功???天野さま、ご参加本当にありがとうございました。また何かお書きになったら見せて下さいませvvv

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