睡蓮さんのサイト683 starにあります「その目に過ぎるもの」の続きです。



悪ふざけの代償



行きつけの店でしたたか飲んでも、東北は顔色一つ変えない。酔って手込めにする作戦だったのだが、と宇都宮は内心舌打ちした。そう言えばこうして二人きりで東北と飲んだことは無かったように思う。懇親会だとかそういった行事では挨拶程度の会話はするものの、基本的に在来線は上官である高速鉄道に近づかないし、高速鉄道もまたいたずらに在来にちょっかいをかけたりすることはなかった。
 話が弾んでいるというわけではない。主に宇都宮が東北に突っかかって、それに東北が答える、という内容で既に二時間は経過していた。もちろん宇都宮ばかりが話しているわけではなく、ぽつりぽつりとではあったが、東北は東北で宇都宮が知り得ない高速鉄道達の中であった出来事の話をしてくれた。恐らくそれらの話題は当たり障りのない、つまり部下に話しても問題ないレベルの出来事なのだろう。
 何杯目か分からないウィスキーのグラスが空になり、店員を呼ぼうとしたところで東北がそれを制止した。
「もう止めておけ。明日に響くぞ」
「言ったでしょう、明日は休日なんです。だから」
「せっかくの休日を二日酔いでつぶしたいのか?」
 あまり賢いとは思えないが、と続ける東北に苛立った。まさかこんな時まで上官の顔をしなくてもいいではないか、と。
「こんな時まで上官面しないでください」
「ではどうして欲しい。このまま飲むというのなら私は知らないが、後で後悔だけはするな」
 そう言って東北は立ち上がろうとした。しかし、ここで帰られては困るのだ。宇都宮は手を伸ばして東北の手首を掴む。思わぬ力にバランスを崩した東北が倒れ込んでくるのをもう片方の手で支え、顔を寄せると耳元で囁く。
「まだ帰って良いなんて一言も言ってませんよ、上官」
「何故お前に許可を求める必要がある」
 東北の口調に苛立ちが滲んでいた。くっと口の端だけをつり上げて笑い、宇都宮は更に東北を煽る為に、勝負に出た。
「抱きたいんでしょう、僕を」
 そう言うと、一瞬だけ東北の身体が強張り、目が見開かれた。もっとも、宇都宮の今の体勢では、東北の表情を伺うことは出来なかったのだが。
「なに、を」
「いいですよ抱いても。あなたが望むなら、ね」
「……酔っているのか、宇都宮」
「そうですね、酔っているのかもしれません。でもそれは、上官も同じでしょう?」
 ゆっくりと身体を離し、東北を元の席に座らせる。今度こそはっきりと東北の目は見開かれていた。まるで、隣にいる自分が東北の知る宇都宮ではなく、誰か別人だと言わんばかりの視線に、宇都宮は再び笑った。
「どうかしましたか、そんなに驚いた顔をして」
 東北は黙ったまま、自分が置かれたこの状況について考えを巡らせているようだった。宇都宮の出方を伺っているのかも知れない。しかし宇都宮はこれ以上カードを切るつもりは無かった。この状況で下手に何か言えば、それはただ自分の身体を安売りしているようにしか聞こえないし、そんな事は宇都宮のプライドが許さない。あくまで東北に求められて仕方なく、という理由が欲しかった。例え心の奥底では抱かれることを望んでいたとしても。
 その時、たまたま近くを通りかかった店員を東北が呼び止め、会計を、と言った。この期に及んで何もせず帰るつもりかと宇都宮が声を上げようとしたとき、東北の手で口を塞がれた。程なくして店員が持ってきた清算表の金額も見ずにカードで支払うと、東北は立ち上がる。
「来い」
 先ほどとは逆に東北は宇都宮の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。途端、一気に酒が回ったらしくぐらりと視界が傾いた気がした。足下が覚束ない。
「上官!?」
 店を出て、大通りを歩く。時間的には夜と朝の間、と言うような時間帯だというのに、まだちらほらと人の姿があった。何処まで行くのか、何処に連れて行かれるのか分からないまま、宇都宮は引きずられるようにして東北の後を追った。唯一拘束されている手を振り解けば自由になれるのだが、それが出来ない。
 そのうち細い裏路地に入り、そこから更に建物の裏へ。人が一人通れるか通れないか分からない位の隙間だ。こんな所で何を、と言おうとしたとき、どん、と壁に背中を押しつけられた。
「一体、どうしたんですか」
「……酔っているんだ。お前と、同じくな」
「だからって、んっ」
 言葉は唇で塞がれて喉の奥に消えた。薄く開いた唇から東北の舌が侵入してくる気配がする。掴まれた腕は壁に押しつけられ、顎を掴まれ固定された状態で、宇都宮は薄く喘いだ。どくん、と下半身が疼く。まだ、キスしかしていないというのに。
「……はっ、あ、じょう、かん」
 身体に力が入らなかった。全ての力を吸い取られてしまったかのようだ。壁に全体重を任せ、膝を何とか奮い立たせて体勢を維持する。
「こうして欲しかったのだろう?」
「あなた、は」
 相変わらず無表情のまま、東北は宇都宮を拘束していた手を離した。がくりと腕が落ちた勢いでそのままズルズルと地面に座り込む。心臓は早鐘を打ち、疼いた下半身は止められない。
「私は帰るが、お前はどうする、宇都宮。暫くここで酔いを覚ますか」
「なっ……酷いことを言う……」
 立ったままの東北を見上げて、宇都宮は笑った。その顔を見て、東北が眉根を寄せた。
「私を振り回して楽しいか」
「ええ。普段なら見られない上官の顔が見られましたから」
 そうか、と小さく呟いて、東北は踵を返した。足音は徐々に遠ざかり、そのうち聞こえなくなった。通りにはまだ人の気配があるとはいえ、裏路地はひっそりと静まりかえっている。
 ああ嫌だ、と思った。まだ身体に力が入らない。明らかに飲み過ぎていたことは自分でも分かっている。
 東北の方が一枚も二枚も上手だった。酒に強いという話は聞いたことはなかったが、宇都宮と同等か、もしくはそれ以上飲んでいた筈なのに少しも酔った素振りを見せなかった。部下の前で精一杯の虚勢を張っていた可能性もあるが、宇都宮をここへ連れてきたときの足取りは確かなものだったから、やはり酔ってはいないのだろう。
 ビルの隙間から覗く夜空を見上げて、溜息を一つ。やっぱり一筋縄ではいかないやと自嘲して、宇都宮は目を閉じた。





683 star睡蓮様からいただきました。というより強奪しました。睡蓮さん宅にあります「その目に過ぎるもの」を読んだ私めが「続きは!!」と大騒ぎをしたら書いて下さいましたのです。上官が・・・酷い!捨ててった!わぁ!(大興奮)ていうかどんだけキス上手いの!?
それより、抱いて欲しいってあからさまな宇都宮が可愛いです。「可愛くない可愛い」!ほんと好きなのねあなた、っていう。

おまけで、私めが勝手に続きを書いた翌朝編 →こちら