闇の中でふたりきりになると、真夜中にだけ現れる檻の中にでも封じられているような気がする。
事が済んだ後に体を寄せ合っているのが気詰まりな訳ではないけれど、未だに何とはなしに落ち着かない。
「お前はもっと饒舌かと思っていた」
東北は宇都宮の耳許で独白めいた呟きを漏らした。
「お望みでしたら、今から何か話すことを考えますが」
相手はいや、とだけ云った。
素っ気ない宇都宮の返答にどうやら苦笑しているようだが、その表情がどんなものなのかはわからない。
唇を引き結んでいるのか、それともいくらかは緩ませているのか。
指で触れてみればわかるのだろうか。
この人とふたりきりだと自分の口数が少なくなるのがわかる。
むしろ、上司と部下という関係でいる時の方が云いたいことを口に出せているような気がする。
ひとつの言葉でくくれてしまう立場で居た方が、こちらの精神衛生上では楽なのかもしれない。
相手によっては饒舌過ぎるくらい饒舌になり得るのに、貴方の前では上手く言葉が紡げない。
無駄な言葉を口に出すことがない人に対してだからそうなってしまうのか、それとも自分が酷く不器用なせいなのか。
恐らくは後者だろう。
不要な言葉ばかりを抱えているから、本当に語りたい気持ちを表すことができないのかもしれない。
いいのか、と確認されて簡単な仕事でも引き受けるようにして頷いた。
一度きりならば後腐れがなくて良かったのに、どうやら相手にはそんなつもりはなかったらしい。
何度も唇を重ねて、幾度も肌を合わせて。
そんなに頻繁では、いずれ飽きられてしまうのではないかと不安になる程に求められる。
もしかしたら、執着されているのではないかと思わないではないが、そんな言葉を告げられたことがないので真意がわからない。自分から尋ねたこともない。時折、実際の所はどうであるのかを問い詰めたくて堪らなくなることがある。
この人があまりにも紳士的に過ぎるから。
ベッドの上の行為ですら、激情とも衝動とも無縁で優し過ぎるくらいに優しい。
それが厭な訳ではない。厭な筈が無い。
ただ、与えられる優しさに無性に苛立つことがある。
面と向かって好意を告げたことなど一度もない。
何度肌を合わせても、わかりやすく歓びを表したことがない。
抱きたければ抱けばいい。
そんな素振りばかりが巧くなる。
与えられる悦楽にも無頓着を装って、闇の中でも甘い声ひとつたてられずにいる。
耳許で名前を囁かれるだけでも身体中に悦びが這い上がってくるのに、それを上手く表現することができない。
悲鳴のような嬌声でも上げられれば何かが変わるのだろうか。
伝えたいことならばいくらでもある筈なのだ。
誰よりも深く愛されたいと願っている癖にそんなことなどおくびにも出さない。
どんな感情であれ、素直に言葉にすることができない。
いつか伝えよう。
雪が降る前に。
花が散る前に。
青く澄み切った空が深さを増す前に。
色づいた葉が全て落ちてしまう前に。
今年初めて降る雪が貴方の肩に触れるよりも先に、胸の中にある想いの全てを曝け出してしまいたい。
だが、季節が幾度巡っても、云えない言葉が増えるだけで、自分は何も変わらない。
「寝物語に身の上話でも喋る方がお好みですか」
「話したいことがないなら、何も話さなくていい」
苛立たせようと思っても、先回りされてしまう。
スポイルするようにして甘やかされているのがとても悔しくて、ほんの少しだけ嬉しい。
「そうですか」
ならば、何も語らなくてもいいのだろうか。
少なくともこの人とこうしている時だけは。
だとすれば。
宇都宮は噛みつくようにして自分から口づけ、誘いかけるような笑いを唇に刻む。
闇の中では見える筈のない笑みを窺うようにして、相手の指が唇に触れてくる。
今、この人がどんな顔をしているのかは知らない。
だが、感じているであろう欲望のことならわかり過ぎるくらいにわかっている。
こちらの唇に触れてくる指を捉え、軽く歯を立ててから指先を舌で探る。
呻くような声が耳許で聴こえ、唇と手でこちらの肌を探られる。
体中のそこかしこに与えられる情意に、次第に体が応え始める。
宇都宮は言葉にできない想いの丈を刻むように、相手の背中に爪を立てる。
恋とは呪いのようなものなのかもしれない。
逃れようと足掻いても、自分の力ではどうすることもできない。
乱れた息の下で、宇都宮は相手に問い掛ける。
「……呪いって信じますか」
「それがお前の話したいことなのか」
「いいえ」
戸惑ったような答えに笑みを誘われる。
貴方を想う気持ちだけを抱いて、ずっとこのまま朝を待たずに過ごしたい。
そんなことを云ったら笑われるのだろうか。それとも困惑されるのだろうか。
自嘲気味な笑いを漏らした唇は、相手のそれで入念に塞がれる。
言葉の要らない応えは、果たして相手に伝わっているのかどうか。
伝わらなくてもいい。
全てを伝えたい。
相反する想いが体中でせめぎ合う。
語るべき言葉を持たずに、貴方の体に絡みつくようにして、ふたりだけで交わし合う快楽にずっと溺れっていたい。
爪を立てていた背中を両手でゆっくりと撫で、うなじから髪を指で辿る。
もしもこの恋が我が身にふりかかった呪いであるならば、いつまでも囚われたままで構いはしない。
そう考えた宇都宮は、唇を噛んで堪えていた声を密やかな闇の中に解き放った。






メトロさんたちの平和で楽しいお話をそれはそれは美しい文体でお書きになっておられるrailway walz葉鳥さまが、「なんでもいいのでリクエスト受け付けます」というたいへん太っ腹な企画をされてまして、遠慮会釈を知らない上にCKYな私めが「上官本線書いてみませんか。」と、葉鳥さんに書いたこともない上官本線を書かせるという横暴をはたいらいた結実でございます。ぎゃーなんたる!ぎゃーうさぎちゃん(←葉鳥さん談)あんた素直だよ!うちのより余程!かわいいいいい!!!こんな素晴らしいお話をいただいてしまって、有難いというよりもむしろ申し訳ないのです・・・

そしてリクエストの時におまけ返礼つけますと言ってしまったため(口は災いの元)、同じところで上官視点で、・・・と思ったらすごく変態くさいのが出来てしまったのが→こちら