「・・・・ませんか?」

ふいに投げかけられた問いを、はっきり聞き取ることができなかった。
問われたその声が半ば掠れていたせいもある。
純然たる身体的疲労を滲ませた、あまりクリアでない発音だったせいもあろう。
ただ、否定疑問文の語尾だけが耳に残ったから、聞き返した。
「なんと言った。」
ベッドに沈み込んだ頭は上げられることなく、すぐには答えも返らない。
急かせることなく、ただ黙って待っていればやがて、問いが繰り返された。
「いいかげん、飽きませんか。」
今度ははっきり聞こえたが、しかしそうは言ってもその意味するところをすぐに呑み込むことができない。
見てはいなくても怪訝な顔をしていたことを悟られたのか、いますこし詳しく問いは繰り返された。
「ろくな反応も見せない身体を抱き続けて、飽きませんか。」
いきなり何を言い出すのか。
それが正直な感想だったが、打って跳ね返るように問い返すのはいまの体力では少々かったるい。

望みを告げたら、思ったよりもあっさり諾と返された。
やや小狡いやり方をした自覚はある。
相手はおそらく、遊びの延長だと受け取ったのだろう。
そうなのかと聞かれはしなかったから、答えなかった。
だから、いつか自分の方が引導を渡されるかもしれないと考えてはいた。
そんなつもりではなかった己などと深い繋がりを持つ気などなかった話が違う疾く去ねと、そう言われる日が来るかもしれないとは想定していた。
その時にどう絡め取るかの算段をつけねばとも、考えていた。
しかして表向き、この本線は愛想は多少よろしくないにしても悪くない情人を演じてくれていたのだった。

手を伸ばして、先刻までずっと触れていた肌に指を這わす。
汗を染み込ませたそこから瑞々しい感触が返ってきた。

求めればたいてい応じてくれる。
ベッドではその身体をしっとりと匂い立たせて、気分よく抱かせてくれる。
その流れるような段取りは実のところ、一定の慣れを想起させていささか面白くないのだが、今のところそれは顔に出してはいないはずだ。

触れた指は、相手のそれにそっと掴まれた。
触れられることを阻止するというよりも、まるで握り返すように弱々しい力だったのは、彼の優しさではなくただの疲労であろう。
このレベルまで疲れさせないと、彼は自分の隣で正体なく眠ってはくれない。
「貴方だって、愉しくなどないでしょうに。」
それは寝言なのかと、疑った。
唐突で、囁くように小さくて、そしてまるで意味が通じない内容であったから。
だが、そうではなかったらしい。
「ろくに反応しない。色っぽい声も上げない。それらしい顔も見せない。いい加減つまらないとは、思わないのですか。」
続いた言葉に、反応を決めかねた。
まずは、内容を理解するのに若干の時間がかかったのだが。
「・・・・。」
そして口を開こうとして、考えてやめた。
少々、面白いことに気付いたからだ。
黙っていたほうが、面白いことが含まれることに、気付いたからだ。
「つまらないことを言っていないで、眠れ。」
やわらかい手つきで眠ることを促すように瞼に触れて、それから髪を撫でてやると、反駁するほどの気力は残っていないのか宇都宮は言われるがまま瞳を閉じた。
掛け布を上げてやって、抱き寄せようと手を伸ばすと邪険に追い払われて苦笑する。
彼は、眠っている時は少しだけ素直になる。
起きている時ならば、きれいに社交的な笑みを浮かべてスマートに拒否するようなところを、まったき直截な拒絶で寄越す。


厭がられることに、違いはないのだが。


小さく笑みを刻んで、視線をベッドの端へと動かした。
動いたことで、片方の足首だけがわずかに布団からはみ出していた。
先刻シーツの波間を踊っていたそれは、今はおとなしく眠っている。
それを見るとはなしに見ながら、彼の言葉を思い出してみた。
悦い時に悦い顔をしない自分など抱いて、なにが面白いのかと彼は問うてきた。
もう一度首を傾げて、念の為に何か別の意図があるのではと疑ってはみるが、思い当たらない。
彼はそのまま、その疑問をぶつけてきたのだ。


面妖なこともあるものだ。
何事において聡い彼が。

自分の見せる顔に対して自覚がないとは。


これはもうしばらく、黙っているほうが愉しいだろう。
東北は、自分なりに客観的なその結論を己の胸の中にだけ落とした。
いささか手前勝手なその理屈を咎めたのか、あるいは何事であっても晒すことを嫌う彼の気質は眠ってはいても健在だったのか。

視線の先にあった足はそろそろと、布団の中に仕舞い込まれた。






うつのみやさん逃げたほうがいい!誰この変態・・・orz 私か、私が乗り移ったのか。
実は上官視点てあまり書かないんですが、やめれば良かったと後悔しています。葉鳥さんの美しい雰囲気描写に並べるにはたいへん苦しい結果となりました。まことに残念です。葉鳥さんごめんなさい。。。