est



 「むかつく」
 突然隣の相棒が呟いた。
 呟いたというより吐き出したに近い語気に、高崎は思わず隣を見てしまった。
 「……どうしたんだよ、いきなり」
 むかつく、なんて、思っても言わないのが宇都宮だろう。
 それとも隠し通せないくらいにムカついているのか、…いや、その感情が大きければ大きいほど全力で隠そうとするのがこの男だ、逆に些細なことがうっかり出てしまったのかも…いや宇都宮に限って「うっかり」はねぇだろ、……などと高崎がらしくもなく思考を高速回転させていると、宇都宮は少しだけ「しまった」という顔をした。後者だったらしい。
 仕方なしにため息をついて、宇都宮は視線を上に転じた。つられて見上げれば、埼京と新幹線の高架がある。
「……上官が、どうかしたのか?」
 今更埼京に対してむかつくなど言わないだろう、と口を開けば、わざとらしい微笑みが返った。
「邪魔だよね、アレ」
「…っ!? おいお前…!」
 言うに事欠いて邪魔とは。仮にも自分の上司を。
「邪魔なモノを邪魔と言って何が悪いんだい? 目障りだよ、本当に。とても。本当は見下ろすくらいに小さいくせに、」
 いつも、いつどこにいても見下ろされている気がする。
 ぽつり、小さく呟く姿は、自分と同じ上背とは思えないくらい頼りなさげに見える。
「…………お、ま…、それって……」
 愚痴なのかそれとものろけなのか、と、尋ねるほど高崎は馬鹿ではなかった。
 ほんとに変なところで上官に似てて困るんだよな、と心の中だけでため息をつきながら、高崎は自分の頭を掻いた手で宇都宮の頭を撫でようとして、少し迷ってから肩を叩いた。
「痛いよ、高崎」
「痛くしたんだから当たり前だろ。……しょうがないじゃんか、もうそこにあるんだから」
 今更なかったことになんてできない。
「……その理論で行くと、君の線路に置かれた石も仕方がないってことになるね」
 少し驚いたような顔も束の間、また戻ってきたポーカーフェイス。
「ヤな奴」
「何を今更」
 本当に、今更だ。
「……とにかく! お前はロクでもないことばっか考えすぎなんだよ!」
「それこそ、仕方がないよね」
 お前がそうだから、あの人もお前を放っておけないんだ。
 などということは、それこそ今更で、高崎が言うことでもない。
 その代わりに口にするにはずいぶんだとは思ったけれど、これもまた思ってしまったことは仕方がないと、高崎は不本意ながら口を開いた。
「そんな話されると、会いたくなるだろ……」
 相棒とよく似た、いや似て非なる、想い人に。
「……高崎は単純でいいね」
「うっせ。正直に馬鹿って言いやがれ」
「馬鹿だけど真っ正直で、良いと思うよ?」
「思ってもねーこと言うなよ」
「信用ないな」
「あるわけねぇだろ」
 顔をしかめて返せば、わざとらしい、けれど確かに楽しげな笑みが返る。
 ようやく少し調子を取り戻してきたらしい相棒に安心して、高崎はもう一度宇都宮をこづくと先に上野へ向けて走り始めた。








Selfish Station相川ひろな様からいただきました。たかとき+上官本線前提の、高崎と宇都宮の話・・・なんですが、私の最初の感想が「これたかうつでも良くね?」だったことは内緒。(言ってるけど)高崎の男前さに倒れました。でも一番ズキュン来たのは「お前がそうだから、あの人もお前を放っておけないんだ。」のとこですね。そしてうっかりわたくしが「上の人編」を書いてしまいました。→こちら