<side A 〜ウィルフレッド〜>



遠のく意識の中で彼の瞼の裏に映ったのは、黒光りする十二の炉と、尊大に唇を曲げた一人の少女の顔だった。


アデリーヌ。


封印してきたはずの女の名を、無意識のうちに口にした。
美しくて。
我儘で。
高慢で。
その性格において美点など見出したことのない、いわば彼の天敵であった女の名を。

E.E.計画。

太陽系連邦中のマスコミがいまやその動向に注目している計画に、はからずも己が手を付けることになった動機が、ただ一人の女の存在だったとは、世間は知らぬのだろう。
Eternal Energy
永続するエネルギー。
人類がまだ地球でしか暮らせなかった頃から、それは科学者の夢だったはずで。
成功すればフォンターナ家の輝かしい業績に、また新たな一ページを加えることになるだろう。

俺を、その一員とファミリーが認めればの話だが。

それは、たいして重要なことではない。
庶子ゆえにフォンターナ・ファミリーの中で疎外されて来た、などというバイオグラフィーは、彼にとって自己の伝記に加えたい一章でも消し去りたい一章でもなかった。
その事実が歴史に残ろうが残るまいが、どうでもいいことだった。

「わたしを、好きなんでしょう。」
「やってみせてちょうだい。」
「そうしたら、あなたを好きになってあげる。」

幼い頃から、誰よりも尊大な態度で自分を見下したあの少女に唾を吐いて。
訣別した。
封印した。

「成功させて、ファミリーに俺を認めさせてやる。」
虐げられてきた野心的な男。
そんなイメージを演出するの容易いことだった。
知らず、自分自身でも本当にそうだったのだと思い込むほどに。
自分自身を騙すことにも、もう慣れて久しい。

絶え間ない核融合を繰り返す十二の実験炉の一つから放射能が漏れたのは、実験を始めて6年目のある日だった。
最も「劣等生」の炉だった。
中心核がエネルギーを保持し続ける時間が圧倒的に短かったからと。
仕方なく実験をやり直すつもりで外部から新たな物質を注入した。
5年前別の炉で外部から物質を入れたところ中心核になるまでに成長し、それがいまでも新たなエネルギーを放出し続けていたから。
同じことが起きないかと期待してみたが、成功しなかった。
外部から入れた物質は彼の想像を超える核爆発を中で連発して、ついに炉に傷をつけてしまったのだ。
放射能が漏れた。
慌てて塞いだものの、中心核まで消えたその炉はもはや、使い物にならないゴミになってしまった。
6年の実験で、中心核が消えずに保ったのは十二のうち一つだけ。

成功とは言えなかった。

俺は、死ぬのか。

放射能に蝕まれた己の肉体をそれでも酷使したのは、何に対しての意地だったのか。
ファミリーか。
それともあの女か。

・・・俺が死んだら、見苦しい失敗例としてファミリーは封印するのだろうな。
計画そのものも。あの十二の炉も。
それでもいいと思う自分がいるのを、彼は知っていた。

世間に忘れ去られることも、いなかった存在として消されることも、大した苦痛に思えなかった。

アデリーヌ。

では、「やっぱり成功しなかったのね。」と彼女に嘲笑されることは?
苦痛だろうか?
少しは、胸に痛みを覚えるだろう。
だが。
それでも。

アデリーヌ。

男は、それでももう一度、彼女に会いたいと思った。






<side B 〜アデリーヌ〜>



眠り続ける男は、目を覚まさない。
もう、ひと月は経っただろうか。

「起きなさいよこの意気地無し。」

何度も罵ってみた。
幼い頃、彼女が罵倒すれば必ずその苛烈な瞳で睨み返してきた。
大人となった今でも、罵る以外に彼とコミュニケーションを取る手段がないことに、女は今更気付いた。

「起きなさいよ!妾の子のウィルフレッド!」

かつて唾を吐くことで返された言葉を口にしても、男は目を覚まさない。
我儘に育ち、堪忍の出来ない女が涙を流すのに、時間はかからなかった。

「お願い、目を開けて・・・。わたしを・・・見てちょうだい。」

だがまるで幼い頃に苛められた復讐ででもあるかのように、男は女の懇願に答えない。

「彼奴の身体は、放射能の雨でずぶ濡れだ。」

兄の一人から聞かされたその言葉に、半狂乱になった。
「実験をやめさせて!」
父親に懇願したが、拒否された。
子供たちの中で紅一点である彼女の頼みごとなら聞かなかったことのないフォンターナ・ファミリー総帥だったが、首を縦には振らなかった。
「連邦中が、実験の動向を気にしている。今更、中止などできない。」
それに。
「ファミリーが中止命令など出したら、野心的なあの男の矜持をさぞ傷つけることであろうな・・・。」
野心のすべてを賭けて実験に邁進した、ファミリーの庶子の。
「昔から随分と仲が悪かったが、おまえはあの男をまだ、貶め足りないのか。」

野心・・・?

あのひとは、わたしを好きだった。
わたしのために、あれを始めたのよ。

本当にそうだろうか?
兄たちは言う。
「彼奴は自分の野心のためにあれをやっているだけだ。」

それを止めることは、幼い頃彼女が彼に対してずっと続けていた、苛めの続きでしかないという。

死んでほしくない。
ただ、それだけ。
だがそれこそ、我儘いっぱいに育った少女の身勝手で自己本位な望みでしかない。

女は、気がつくと実験施設に近付いてた。
放射能防御のために貼られたガラス戸の外から、忌まわしい十二の炉を束ねているかのようなバルブを食い入るように見つめていた。
あれを閉じて、主幹システムさえ停止してしまえば、実験は終わる。
あの中で行われている核融合の連鎖はなくなり、十二の炉はただの廃虚になるのだ。

わたしがこれを閉じたら、彼にどれほど恨まれるだろう。
憎しみの眼差ししか向けてくれたことのないあの男は、どんな言葉でわたしを罵るのだろう。

ウィルフレッド。

だが。
女は思った。

憎しみの炎に彩られた瞳で、射殺されるのだとしても。

男にもう一度目を覚まして欲しいと、思った。






何が言いたかったんだか・・・
『マージナル』においてH.v.H.にとって最も重要なことは
ミカルが可愛いことです。次に重要なのがメイナードが愛しいことです。(ヒロイン♂もその彼氏も恋敵も名前忘れかけてます・・・すいません。)「悪役」メイナードに最初から思い入れていた私でさえ、ラスト間際のナースタースがメイナードを想って泣くシーンでは本ごと投げつけたくなります。いかにもメロドラマの最終話なあの通俗的なシーンが、主人公視点で読んできて世界の終末を迎えている読者に毒々しく迫ってくるという・・・ま、↑コレについては、ぱぱっと思いついた適当なキャラに必要以上に思い入れてしまって、毒が足りません。萩尾望都には遠いですトホホ。