(禁じ手〜敵は花影)

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『野の花』


「では───ここでお別れです、李斎。」
震える唇から紡ぎ出された言葉が冷たい風にさらわれて行く。
花影は背中に、ゆるぎない李斎の視線を痛いほどに感じながら、独りで丘を降りていった。
覿面の罪を犯そうという李斎を止めなくてはいけないのに。
止めることが出来ない。秋官長大司寇まで賜ったこの身というのに。
けれど。
今は人の罪を裁くことなどできない。己のほうが余程穢れている。
李斎は知らないことだけれど。
李斎はまだこちらを見ている。真っ直ぐな強い視線を感じる。
振り返ってはいけない。今の私は己に対する嫌悪に歪んだ、とても醜い顔をしているに違いない。
李斎は気付いていないのかしら、どうして私たちが出会ったのか。
どうして追跡の手が緩んだのか。
ああ、李斎。
貴女はまだ諦めてはいないのね。
どうして貴女はそんなにも真っ直ぐなの。
貴女にだけは、生きていて欲しかったのに・・・



私は何処へ行けば良いのかしら。
また、あの男の所へ行くのかしら。
玉座を穢しているあの男の下へ。
私を穢したあの男の下へ。
あの男はきっと囁くでしょう。
あの時、冬狩の血に怯える私に囁いたように。
───つらいのだね。
───私が守ってあげよう。
───私の側にいなさい。
そして、また、人の命を差し出すの?
そして、また、穢れるの?
あの時何も知らないまま、嵐の渦に巻き込まれたように。
どうしてこんなことになったのかしら。



ああ、本当は貴女に再び出会いたくはなかった。
こんなに穢れた私を見せたくはなかった。
なのに。
やつれてはいたけれど、貴女は清いままの瞳で私を見つめた。
嬉しそうに微笑んで抱きしめてくれた。
このまま貴女といられるなら他の者など構わなかった、と言えば、貴女は私を軽蔑するかしら?
だから。
貴女の命を贖うためにいくつの命をあの男に売ったのかしら。
私たちを匿ってくれた心優しい民を。
私たちと共に戦った暖かい友を。


振り返らぬように、立ち止まらぬように、気力を振り絞って足を動かしていた花影の耳に。
飛燕───李斎の乗る天馬の羽ばたく音が丘の上から聞こえて。
羽音は小さくなっていった。
花影はとうとう荒れた地面にその膝をついた。
───いってしまった。
花影は迷子のように途方に暮れた目をした。
私はまた独りになってしまった。
何処に行けば良いのかしら。
何処に還れば良いのかしら。
あの男に会えば、きっと李斎のことを悟られてしまう。
李斎の望みが叶うとは思わないけれど。
のろのろと、懐から小刀を出し、じっと白刃を見つめる。
───ああ、なんて、醜い顔。
李斎。
貴女にだけは生きていて欲しい。
清いままの貴女には。
慶に行って。
どうか、真っ直ぐに。
そして、どうか、もう、帰っては来ないで。



冷たくなる花影の体の下で、白い花が無残につぶれていた。



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(読み返して)うっわー、読後感わる〜。(また) 敵、大穴です。(あたれば万馬券?)
あの男はもちろん阿選氏です。
花影って線細そうですよねえ。優しくされると落ちちゃうと思うのですが・・・
事後従犯って感じで、如何でしょうか?






いやむしろ瑯燦より可能性アリでしょう、と私などは思いますヨ。12歳から17歳というジュブナイルな時期を女子校で過ごしてしまった私には(あんま関係ないか)、この何とも百合百合しい空気が蕩けるように甘くて美味しいんですけど、それよりも阿選に手●●にされる花影という図に萌え。(待ちなさい)
ラスト一行のつぶれた白い花という表現が効果的ですね。