『重荷』(禁じ手 「巧国の公主・太子編」)



「ねえさま!だいじょうぶ?」
「大丈夫よ、この位で休んではいられないわ。」
「でも・・・」
「公主。後は我々が致します。どうかお休みください。」
「いいえ!これはわたくしの仕事。それに・・・わたくしはもう公主ではありませぬ。」
少女はきっと鋭い視線を投げかけた後どこか痛そうな表情で言った。
「ねえさま・・・」
「いい?あなたも元はこの国の太子。先王の罪はわたくし達で償わねばなりませぬ。よろしいですね?」
少年はすぐに目をうるませ、唇をかみ締める。構わず少女は言い募る。
「いまに妖魔がこの国を喰らいにくるでしょう。妖魔から民を守るために少しでも城壁を高くしなくては。例え役に立たないとしても、また何もせずにいる訳にはいかないわ。」
転んだせいで服は破れ、膝から血が流れているのにも構わず。
「わたくし達は先王が何をなさっているのか知らなかった。これは全てわたくし達が王宮で何もしなかったことに対する報いなのですよ。」
少女は再び重い道具を取り上げた。

その、王宮にいたあの日。
塙台補失道。
その報を聞いて驚かぬものはいなかったであろう。
なぜ。
少なくとも国政に関して塙王が道を誤ったとは思えず。あまり豊かではないものの塙王の治世は50年に達し、民も安心して田を耕していた。この50年続いてきたことがこれからもずっと続くと思っていた。
姉弟の父が一介の地方の衛士から王になって50年。
母親が病死していたせいか父は王になると、いまだ成人には達していない姉弟をすぐに仙籍に入れた。それまで通り、10才の弟の世話は4つ年上の彼女の仕事になった。広い王宮で50年間。
「主上」
そう呼ぶようにはなったものの最初の頃は塙王は確かに父だった。姑息なことの嫌いな勤勉なやさしい父だった。
「主上、頑張って豊かな国にしましょうね。」
そういうと、大きな手で頭をなでてくれた。父の大きな暖かい手が頭に置かれると安心できた。
弟の、太子のことは頼んだぞ、あれはすぐに泣くからな。
そう言って笑っていた。
いつのころからか父はあまり笑わなくなった。滅多に会えぬようになった。たまに会えてもどこか違和感があり、きっと国政で難しいことがおありなのだわ、と思わせた。事実、巧は手詰まりだった。するべきことは全てなされたが、なかなか目に見える成果とはならない。王は玉座にいるだけでも良い、とは勤勉な者には考えられず、次にすべきことを捜しあぐねているようだった。
「主上。雁国は四分一令の勅をおだしになり、農地を広げられたとか。」
彼女はただ、父の大きな手が欲しくて。昔のように頭をなでで欲しくて。
一生懸命学んで考えて奏上したとき、父の、王の顔が凍ったような気がした。
「他国の真似はせぬ。下がれ。」
今思うと、大国雁の法令などとっくに臣下の誰かが奏上しているには違いなく、彼女は優れた法の多さにただ感心したのだが、王ともなればそれは、何をしても雁の真似になると思い知らされることかも知れなかった。
あの頃からか、とも思う。父は父でなくなり、王になった。
姉弟を省みることはなくなり、更に一層国政に力を入れた。大きな改革は行われなかったが、他に比べるものをもたなければ、確かに小さく少しづつ巧の民は豊かになってきたのに。
それなのに。
麒麟の病。
それが何を意味するか、知らぬものはなく。
姉弟は手を取り合い母とも慕う麒麟の元に駆けつけた。
そこで見たものは、やさしく美しかった塙麟の、やせ衰え、病の色を濃くした姿であった。
二人は、王が海客を殺そうとしていることも、それがあろうことか隣国の新王だということも何も知らされてはいなかった。
病の麒麟が最後の力を振り絞り、事の次第を姉弟に教えてくれたときには既に天意は決していた。
後は彼女がなくなる迄、ただ傍にいるしか出来なかった。
そのまま塙王も病に倒れ・・・
少女が我に帰ったのは塙王の崩御から幾日も過ぎてから。
玉座が空でも国は治めなくてはならず、仮朝はぎこちなくも動き出していた。朝議をのぞいてると、あちらこちらから妖魔の襲撃の報が伝えられていた。あちらで幾人、こちらで幾人。えんえんと読み上げられるだけの民が失われたことに衝撃を受け、諸官の沈痛な表情に改めて王の罪を思った。朝議は紛糾していた。とりあえず妖魔に対する備えをしなければ、というもの。それよりも内海側に兵を派遣しよう、というもの。それらの案に共通して言われることは、いまさら間に合わぬ、ということ。
それは彼らが───ひいては彼女が怠ってきたこと。諸官の沈痛な表情に改めて己の罪を思った。
「いまに妖魔がこの国を喰らいにくるでしょう。わたくし達に罰を下しにくるでしょう。民を巻き添えにしてはいけない。わたくしに、何が出来るかしら。」
「・・・」
弟はまだ涙のとまらぬ目で姉の思いつめた顔を見た。50年間ただ王宮にいただけの少女に一体何ができるというのか。

次の日朝議の間で彼女は先日までの臣であり、今は仮朝の長である冢宰に伏礼をし、願いを口にした。
「わたくしの仙籍を削除し、夫役をさせて下さい。」
彼女が発言すると、冢宰を始めとした臣下───かつての父塙王の臣下たちがしん、と静まった。
驚愕と、侮りと、少しの同情の視線を一心に浴びながら、
「わたくしはここにいても役には立ちません。」
「この頼りない手で何が出来るかと笑われても構いません。ただ今何かをしないと。」
「確かに気付くのは遅かった。」
「けれど、一人でも多くの民を救うために、間に合わないことなどありません。」
年配の冢宰は彼女の意向を汲んでくれた。ただし仙籍は削除しない。自分も供をすると言い出した。彼女は真っ直ぐに立って言った。
「あなた方はここにいなければなりません」
「出来る限り多くの民を新しい王にお渡しするために、二本の手だけでは出来ぬことをして下さい。」
「あなた方は既に新王の臣なのです。」
「わたくしが罪を贖います。」
翌日から彼女は下界に降り、夫役についた。
弟も伴って───弟には王宮に残るようにつげたものの、泣いている彼をそのままにしておくと涙の海に溺れそうだったので。
それは予想はしていたものの、やはり労働に慣れていない身にはきついものだった。しかも体はまだ子供。最初は皆と同じに働くどころか道具さえまともに持てない状態だった。
しかも周りの視線は厳しく。妖魔を呼び込んだ先王に対する憎しみと、これから国が荒れるかもしれないという恐怖が姉弟たちを孤立させた。
弟は泣いてばかりいた。王宮にかえるようにいうと泣き止む───また泣くまでの間。
夫役はつらかった。だが少しずつ高くなってゆく城壁は確かな成果だった。治世というものもこのくらい目に見えるものであったなら・・・と思うと、積み上げられて行く石を数えることは先王の、彼女の罪を数えることだった。
罪を数えながら石を運び。よろける事が少なくなってきた頃。
だんだんと姉弟に声を掛けてくれるものが増えてきた。
里木の下で妖魔から身を潜めている時泣いている弟に冗談をいって笑わせてくれる者や、動きやすい袍を貸してくれる者や。
公主、と呼ばれることは実は辛いのだが、それでも。
ああ、遅くはなかった。罪は償えるのだ。
そしていつか、新王が立たれれば、この重荷を背負ったままの生に終わりを告げることが出来るだろう。

何年過ぎたか。巧国に旗が揚がった。あちらこちらにはためく王旗。里は喜びにわいた。塙王登極。
けれど姉弟はもくもくと城壁を作り続けた。肌は焼け、手は荒れ節くれだち、何度もはがれたため歪んでしまった爪。けれど姉は倒れることもなくなり、弟ももはや泣くことをせず、いつも重い荷を背負った騎獣のように背をかがめ作業に埋没した。
そして、新王より王宮に参上するようにと使いがあった。
覚悟した。
元の公主としての罪が問われるのだ、と思った。けれど。
内殿の奥深くの一室で伏礼した彼女と弟に、その女性は優しく顔をあげるようにと告げた。
「これは私の娘です。」
自分と同じ年頃の少女が傍らでにこりと微笑んだ。その子は女王の耳に何事か囁くと、目を丸くしている弟の手を引っ張って隣の部屋へ連れて行ってしまった。
「申し訳ないねえ。私も玉葉も市井の出でねえ、作法を知らないのですよ。」
と、新しい王は更に笑って見せた。新しい公主───おそらくそうであろうと、彼女は思った───が自分と同じ年頃で同じ字であることを初めて知り、その運命を案じずにはいられなかった。、
が、一人残された少女は身を固くした。自分の運命はもはや決まっている。それを思い出し、また頭を下げた。待ち望んでいたことなのに何故手が震えるのだろう。
「ご即位、お慶び申し上げます。」
「・・・公主の身で夫役につかれておいでとか。」
立ち上がり自分の方に歩み寄る王の気配にさらに声まで震えそうになって、己を叱咤する。やっと、やっと重荷が降りるのだ、やっと終わりに出来るのだ。
「・・・はい。先王の過ちを正すことが出来ず、国を傾けたこと、申し訳なく思っております。いかようなご処分も承ります。」
顔をあげないまま、声を震わせないように苦心している彼女に。
「よくぞ民を守ってくださいました。お礼を申しあげます。」
はっ、と顔をあげると、やさしく微笑んだ顔があり。
「お父様のこと、お気の毒でした。」
父を亡くして以来初めての涙がこぼれた。
そっと頭をなでる手に遠い昔の母の手を、父の手を思い出して。
ああ、そういえば父を偲んで泣いたことがあっただろうか・・・父は王だったが確かに父であったのに。
自分ではどうしようもなくて、とまらなくて。ぽろぽろと涙の粒を零していると。
抱きしめられた。
ふわりと甘いいい匂いがして。
「・・・塙王さま・・・」
「それは父君を思い出させましょう?名を呼んで下さいな。」
「・・・さま」
嗚咽で言葉にならなかった。この数年流したことのなかった涙が、後から後から溢れてきた。
「いい子だねえ。」
やさしく背中をさすられて。
甘い匂いは父が昔に買ってくれた飴の匂いのように思えた。
玉葉は、14の娘に戻ることが出来た。




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できました〜〜〜へろ〜〜〜なんか長かったぞ。ワードで書くとページ数を参考にするんですが・・・
楽俊の「巧の公主は太子と一緒に夫役」(風万里ー上P321)の際、一体いくつなんだろうと思いませんでした?
二十歳の青年と10代の少女も考えましたが、やばくなりそうなんでやめました。(魔王様の呪いと同じですね、挑戦なさる?)
なんというか、逆祥瓊になってしまいました、あまり賢い娘は好みじゃないのだけど、弟が私的ツボなのでまあいいかと。
禁じ手は最後の数行・・・(甲斐性なしです、ごめんなさい)
伏せましたが新塙王の名は・・・わかりますよね?飴とか娘の字とか・・・
でも名前はアニメのネタバレになるかと思い、伏せました。(アニメでは旅芸人だったし・・・)






ヌシ様は止まらない〜♪って思わず歌ってしまいましたが、巧国の公主編です。禁じ手部屋よりもぽぺさんの「カルトクイズ大会」にエントリー出来そうですが・・・(私はこの楽俊の台詞もノーチェックでした・・・)飴売り母子次王説はたまに聞きますね。
それにしてもっ!?ヌシ様さすがです!H.v.H.は泣いてましたよ。どうやら「罪を悔いる人間に、責めるべき立場の人が優しくする」シチュエーションに弱いらしいです。(「乗月」を何度読んでも毎回泣く人)
私は賢い女の子大好きです。賢すぎて女の子らしくなれない女の子とかめちゃツボです。でもこの公主は可愛いよーvvv太子の将来も気になるところだけど、幸せになって欲しいです。