禁じ手(供麒モトカノ編)

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『花の匂い』



見慣れぬ人影をみて、不審に思った禎衛は、その赤銅色に光る金の髪をみてほっとして、声を掛けた。
「供麒。お帰りなさいませ。」
大人というには顔つきは幼いが、子供にしては背は高く、金の髪に隠れた肩もがっしりした少年は、逞しい腕に似合わぬ花を抱えたまま静かに側へ来ると、声を掛けた禎衛たち女官に一掴みの花を差し出した。
「まあ、きれいですこと。」
「いつも恐れ入ります。さっそく供麒のお部屋に飾りましょうね。」
禎衛は微笑みながら受け取り、ふと顔が強張った。
まるで花畑で昼寝でもしてきたかのように花を散らした少年。けれどその背後には。
「供麒・・・また新しい使令ですの?」
虎の形のそれは妖魔、おそらく窮奇であろう。獰猛で誰かれ構わず襲い掛かる危険な妖魔。
では、また折伏なさったのか。卦も学ばず、花ばかり愛でているこの少年のどこにそんな覇気があるのだろう。
「・・・供麒は随分と使令をお持ちですねえ。」
と、声を掛けてみると、少年はふるふると首を振った。金の髪が赤銅色に光った。
「・・・ともだち。」
「えっ?」
みると、窮奇の首にも花の飾りが下がっている。
禎衛があきれていると、少年はくるりときびすを返し、自分の宮へと走っていった。花の匂いをふりまきながら。
ぞろぞろと揃いの花冠やら、花輪やらを掛けた使令が後を追う。
「供麒は本当にお花がおすきで・・・」
「お優しい女王をお選びになられたらよろしいのですけれどねえ。」
花束と、残された女官達は顔を見合わせるのだった。


夜。
蓬山の、とある宮にも月の光がさし、天蓋のついた牀臥のなかでは柔らかな衾褥の上に一頭の獣がいた。月の光をうけて輝く一本の角、太陽の下では赤銅色に輝く金の鬣は、月の光ではその温度を少し下げてはいたがそれでも温かそうで、まわりに白い花をたくさん散らしたその芳しい匂いの中で眠っていた。
それは花にまみれていた少年のもう一つの、そして本当の姿。
「禎衛様、供麒は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「失礼なことを申すでない。なにが大丈夫でないと。」
「もう孵られて10年にもなろうというのに、」
「・・・」
「なのにまだ獣形のままおやすみだなんて。」
獣は神獣、恭国の麒麟、供麒。麒麟は己の主を選ばねばならない。一国の王を、天意を受けた神獣として。
常であれば、麒麟は孵って5,6年で人の形をとり、7,8年もすれば選定に入る。麒麟旗を揚げ、王を捜す。だが、供麒は。
「ずっと獣形を取られている訳ではない。今日も人の形であられたであろう。」
「たしか3日振りの、でございますよ。普通ならもう麒麟旗は揚がっておりましょう。玄君とてお困りなのではないですか。」
この大きな麒麟は蓬山の麒麟木に実った卵から孵った。孵ってからは健やかに育ち、体も他の麒麟より一回り大きく、さぞ、と周りの女仙たちを期待させたのだが。人語を解するのも遅く、人形(ひとがた)を取れるようになったのもつい最近。禎衛など供麒の世話をする女仙たちはともかく、他の女仙たちは影で眉をひそめている。決して悪意からではなく、心配してのことだが。


決して悪い言葉にはならない筈の言葉なのに、それがしばしば聞こえると、禎衛の高く結った髪も萎えようというもの。
 おっとりされておいでだ。 
 大変寡黙でいらっしゃる。
 麒麟のお姿は大層ご立派で。
朝日を浴びて、昨夜の若い女仙との会話を思い出し、眉をひそめた禎衛はそれらを振り払うかのように首を振り、小さく髪を揺らした。そして、背筋をぴんと伸ばし、若々しい顔に無理にも微笑を浮かべた。
外見は18,9の娘だがしかし彼女も仙。この蓬山にきてから何年がたったのか自分でも判らぬほど長く生きてきた。麒麟の誕生と成長を幾度も目にし、幸運にも幾度かお世話をするも出来た。
その彼女が。
「おや、供麒。申し訳ございません。お召し物をすぐ。」
牀臥の中には昨夜の優雅な獣の姿はなく。
振り返ったのは少年。牀臥の上に体を起こし、頭からふんわりと布を被っていた。
日を置かずしての人形。それは本来とても自然で喜ばしいこと。
だが、驚いたことが悔しくて。。
自分でも、今日は人形にはなられるまいと思っていたことが口惜しくて。
いつもよりてきぱきと用意を整える。
振り返った少年の顔にまだ見慣れねとはいうものの、麒麟の姿のときと同じ潤んだ大きな瞳。頭から被った布の下から見えている髪はやはりいつもの麒麟の鬣と同じ、禎衛の大好きな赤銅色に光る金の髪。「今日はお早いのですね。」
「・・・うん。」
「さ、こちらへおいでくださいまし。」
「じぶんで・・・」
自分でする、とおぼつかない手で、供麒は身支度を始めた。けれど悲しいかな慣れぬ手つきでは帯の一本も結べず、それでも一生懸命。
大きな瞳を潤ませながら。
禎衛が手伝おうとしてがさせてもらえなかった。
衾褥の上で茶色く変じてしまった花を片付けながら、禎衛は不審に思った。
(今日はどうなさったのかしら。)
確かに過去にお世話してきた麒麟に比べると、この麒麟は見かけはともかく確かに幼い。まだ言葉も自由ではないし、感情もあまり表情に出ない。金の髪さえなければいっそ凡庸にさえ見えるとの溜息を聞いたこともある。
けれど禎衛は知っていた。この麒麟が他のどの麒麟よりも麒麟らしいことを。金の髪は朝日に輝き、使令とて十分すぎる程に持っている。賢く、情けは深く、人の気持ちにも聡い・・・
(・・・もしや・・・)
「供麒、昨夜はぐっすりとお休みになれましたか?」
「・・・」
潤んだ目から大粒の涙が一粒。
やはり。禎衛は昨夜の相手の女仙をなじりたい気持ちを抑え、自分のうかつさを呪った。
心の中が痛ましさで一杯になる。さわさわと髪が揺れた。
「供麒・・・」

「供麒・・・」
供麒は禎衛の声の中に彼女の痛みを感じた。それはこの優しい麒麟にとって己が傷つくよりも痛いことだった。
女仙や禎衛に心配を掛けている。多分、まだ見ぬ恭の民や主になる人にも。
いつまでも黄海で遊んでいてはいけないことは判っている。でもここは寂しいのだ。皆優しいけれど、大きなものを期待されているのがわかる。花に埋もれても寂しさはまぎれず、ともだちを増やしても重荷は減らず。
麒麟の姿になったときだけ、天を感じる。
自分は神獣だと言われるけれど、天啓を受け王を選ぶと言われるけれど、こんな何も出来ない自分に出来るのだろうか。せめて自分のことは自分で出来るようになろう。誰にも心配をかけないように。
 人の形のまま眠ることは気力を使うけれど、それで女仙が安心するのなら。
 人の形でいると出来ないことが多くて涙がこぼれそうになるけれど、それで禎衛が安心するのなら。
 人の形でいても自分に王が選べるか自信はないけれど、それで麒麟としての役目が果たせるのなら。
 麒麟の姿になってはいけない。涙を見せてはいけない。
供麒は涙目のまま、にこりと微笑んだ。

もはや黄海に出かけて行くこともなくなり、使令ももっぱら陰伏させている。それらは周りの女官を安心させたには違いなかった。安闔日が近づくと女仙たちはなんだか嬉しそうだった。
けれど、供麒は安闔日が近づくと、外に出るのが怖くなった。
「麒麟旗が揚がってようございましたねえ。」
「一時はどうなるかと心配致しましたけれど。」
「最近の供麒は大層ご機嫌で・・・」
「本当に。供麒の笑顔は心が和みますわねえ。」
そういわれて、供麒は更に微笑むしかなく。
禎衛は供麒のほうを幾度か伺うようにしていたが、何も言わなかった。言わないでいてくれた。
秋分をいくらか過ぎたある日。その日は朝から女仙たちは浮かれ、衣装を気にしていた。供麒の衣服も贅沢になったが、衣を重ねるたび心まで重くなるようで。
「こわい」
とだけいうと、周りの女仙たちは顔を見合わせた。そして困ったように微笑んだ。
「怖くございませんよ。」
「皆、供麒に会いにわざわざまいるのです。」
「お会いになって、王をお選びになるのが貴方のお役目なのです。」
「麒麟旗がなかなか揚がらないので皆心配しておりました。ご立派なご様子を見せてお上げなさいまし。」
「命をかけて黄海を超えて参るのです。今も黄海をさまよっているものも何人かいるそうですよ。」
───独りさまよう者は命はないでしょうねえ。
そんな言葉を聞くと黄海はひどくこわいものに思えた。

甫渡宮の御簾ごしに眺める人々はなんだか影のようで、関心が持てなかった。しかも、負傷でもしているのか、血の匂いがする者もいた。
「鵬雛を失った」
「つけがまわってきた」
そんな言葉が離宮の周りでひそひそと聞こえる。それは血臭を運んでくるようで。こんなに人がたくさんいるのに何故ここはこんなに寂しいのだろう。
こわいはずの黄海がいっそ懐かしく、呼んでいる様に感じた。
「・・・こわい。」
「どうなさいました?」
「ここはいや。麒麟になる。」
「いけません、今日は儀式が。」
「でも、黄海に・・・」
女仙の口から溜息が漏れて、麒麟の少年の心に痛みがはしる。
 いかなければいけないのに。
 こわいけれど。
 とてもこわいけれど。
 よばれているのに。
 ひとの形では行けないのに。
 ひとの形では間に合わないのに。
顔を見合わせる女仙たちを見て、供麒の瞳に涙が浮かんだ。
 泣いてはいけない。
 麒麟になってはいけない。
 それが麒麟らしいこと、みんなに心配をかけない為なのだから。
耐えること数刻、けれど。
瞬間、心に別の痛みがはしって・・・
その痛みを彼は時々思い出す。
 ああ、間に合わなかった。
 恐怖は、自分の不甲斐なさに対する天の怒りであったのか。
 主の怒りであったのか。
 あれが、王気。
 かれがとうとう額ずけなかった主の。
 王気が、絶えて、しまった・・・
とうとう大粒の涙が一粒ぽろりとこぼれ落ちて。
供麒の意識は途絶えてしまった。
禎衛が駆けつけたとき、倒れてしまった少年は蒼白な顔で目を閉じていた。

横たわった供麒はどんなに手を尽くしても目覚めることはなかった。
女仙の主である玄君・玉葉も処置のしようがなかった。
麒麟旗を揚げてしまった以上、昇山者は安闔日ごとに入れ替わりやってくる。
少年を輿にのせ、甫渡宮に運び、昇山者が進香を行う。
けれど応えはなく。
輿にのせたまま蓬廬宮に戻ってもそのまま。
すべきことを出来なかった自分を恥じ、一人行かせてしまった主を想い。
そして二十年ちかくが過ぎ。
食べ物も取らないのに痩せる事もなく、動きもしないのに細ることもなく、一見しただけでは至極健康そうに逞しく成長した彼は、けれどぴくりとも動きはせず。
いくら気脈から気を取り込んでも、王を選べない麒麟の寿命は30年。
このまま天寿つきてしまわれるのだろうか。あと、もう2,3年で・・・
この蓬山の棘でさえも耐えられなかった優しい麒麟は、このまま目覚めないほうがよいのかも・・・
禎衛がそんなことを考えた頃。
しかし、運命の使者がやってきた。
「玄君にお目通りを。」
「供麒の主をみすみす失ってもよいのか!」
そのとき。
「・・・供麒!」

ある日彼は気がついた。
なんだか花のような匂いがする。
「花のような・・・匂いがする。」
「・・・供麒!」
大騒ぎになったが、供麒には何も聞こえなかった。
血にまみれた奏国の太子からは血の匂いがした、しかし芳しい花の匂いは彼の心を揺さぶり、引き付けた。
気が付くとそれは黄海から漂ってくる。
「供麒!お待ちを!」
使令を呼び出し、一人騎乗し、山を降りる。
誰かの叫ぶ声も聞こえない。驚いた風で見上げている大勢の昇山者たちも、薄く笑んだ奏国の太子が付いてくるのも、なにも見えてはいなかった。ただ、黄海だけを、花の匂いを目指して。
今度こそ自分は行くのだ。
後からあわてて女仙たちが従ってくるのも構わず。
もう誰も構わない。今度こそ。

そして。
やっとまみえた主は。今の彼の大きさと比べるまでもなく、小さな少女だった。まるで過ぎる日に彼がいとおしんだ花のように細く小さな少女。怪我人と、いつの間に先周りしたのか奏国の太子が側にいる。
彼を見てわずかの間、少女の瞳は頼りな気に揺れていた。
彼が膝を折り、迎えに来たことを告げると。
供麒の頬に小さな手の平が飛んできた。
瞳は怒りに満ち、服は裂け、顔も手も泥だらけ。それでも花が芳香を振りまくように、芳しい王気をその小さな体から発していた。
この方はこんなにも一生懸命なのだ。
ああ、この方の前でなら、自分は自分で良いのだと。笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣いてよいのだと。
「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約する。」
「・・・ゆるす。」
そして、彼は主の小さな足に額ずいた。
もう寂しくはない。
ああ、花のような匂いがする。


 ***** おまけ


「へえー、やっぱり王気って匂いなの?」
「いえ、主上の気はそう感じたのです。以前には怖い感じの王気もございましたし・・・」
「・・・いぜん?」
「はい。」
「以前にってなに?」
「はい?」
「どういうことよ!あんた、あたしの他に誰かいたのっ!!この浮気者!!!」


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あわれ健気君。耐えろ、たえるんだ〜
禁じ手になっているのでしょうか・・・「モトカノ」=二王ということで・・・・逃走=3
こわい女王様だったら、おなみだ供麒はきっと涙海で溺死したでしょうね。よかったねえ、珠晶ちゃんで。(いや、彼女も十分こわいぞ)
え〜、アニメの影響が入ってしまいました(某女仙です)・・・あのうさみみ髪、かわいかったなあ・・・






うおお、ジュブナイルな供台輔ですわっ!!しかし、前半部分で禎衛さんが台輔の初恋のヒトかと思った私ってば・・・(シスコン系麒麟妄想が・・・←歪んでます)自分で着替えるって主張するところが思春期っぽくて可愛いし・・・ってなんか私の視点ってショタっぽいよな。