恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思い初めしか
それははじめ、小さな小さな灯火の残り火でさえ見逃さない優秀な女官たちの目が捉え、やがて口の端から端へ、密やかに伝えられた噂話。
「春官長さまに、想い人がいらっしゃるらしい。」
ああいや・・・
そんなはずはなくてよ
ああでもその方がうらやましいわ・・・
五百年もの安泰を誇る国の王宮には、安心を享受する者の穏やかさはあるものの、未知のものを探り出す若い緊迫感や活発な空気に乏しい。
活気に溢れているという隣国の王宮の噂を、皆羨望を胸に聞いている。
そんな中に、突如降って沸いた華やかな噂。
女官たちに最も人気があるといっても過言ではない人の周辺に立ち登った、小さな嵐。
件の人が、しごく熱心に花を選んでいたのだという。
何度も手に取っては検分するように見つめ、何度も選び直しては納得がいかないという風情で首を振ったり。
どなたに贈られるのかしら?
見つめる女官たちの心は穏やかではない。
件の人が、時々不思議なほどに機嫌が良いのだという。
短い付き合いであれば、見逃すほどの違いではあるのだが。
百年二百年という時を、この宮で生きてきた女官は少なくない。
この前は、景王がご滞在されている間だったわよ。
誰かが言ったその言葉に、穏やかならざる空気が拡がる。
若くて、溌剌とした女官ばかりだと、女好きの主上がしばしばいやらしい笑いを浮かべて言っている。
春官長さままで、金波宮の若い女官の誰かに、魂を奪われてしまったというの・・・?
「おい朱衡。」
「なんでしょう。」
「女官たちの噂を聞いたぞ。おまえに、想い人がいるとか。」
にやにやと気色の悪い笑みを浮かべて尋ねる主に、臣下であるはずの男は心底嫌そうに顔を顰めてみせた。
「私にそのような暇があるとお考えですか。」
「暇のあるなしではないだろう。」
「万年発情期のどなたかとは違います。私は、仕事をしない主上と台輔を机に縛りつけておくという、どの国のどんな高位の官にも持ちえない名誉なお役目をいただいておりまして、しかもこのお役目、はなはだ多忙でございます。色事などにかまけている時間などとうてい・・・。」
「わかった。もういい。」
からかってやるつもりが、逆に己の旗色を悪くしてしまったことを悟り、主の男はこれ以上何か言われないうちにと立ち去ることを決めた。
だがふと、気付いたように男に声をかけた。
「その花はどうするのだ・・・?」
「来週から景王君がご滞在でしょう。陽子さまのお部屋に活けてまいります。」
「ほう、気が利くな。」
「女性の貴人をお迎えするには当然の気遣いです。それよりも、今週は倍のお仕事をしていただきませんと、陽子さまがいらっしゃる間、執務室からお出ししませ・・・。」
「ああわかったわかった。」
嫌なことを聞いたとばかりに主が逃げ去ると、男はさて、と立ち上がり、花を抱えて客間へと向かった。
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