きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む


王からの使いだという女官が官邸に来たのは、夜が更けてからだった。
「わたくしに、御用と?」
「はい。」
李斎が訝しげに問うた言葉に、女官は頷いた。

驍宗が、こんなに遅い時刻に李斎を呼んだことは今までになかった。
男女の仲となってからある程度の月日が経つが、夜更けに逢う時は彼がこの官邸にやって来た。
「何ぞ火急の事態でも・・・?」
不安がよぎる。
だが女官は、意外な言葉を口にした。
「珍しき鳥を手に入れたゆえ、お見せしたいと。」
「鳥・・・と?」
では少なくとも、武装して出かけなくても良いということか。
それともそれは口実で、何か国の大事に関わる重大な話があるということだろうか。

迷った末に、李斎は平服に太刀を佩くという出で立ちで内宮へと向かった。
太刀を手放さないのは武人の嗜みであるから、それでおかしな格好ではないはずだ。
だが、出迎えた女官は李斎に、太刀を預けるように言った。
そして李斎が訝ると、女官は説明するように答えた。
「主上は後宮にてお待ちでございます。」
「後宮に・・・?」
その言葉は、李斎を少なからず困惑させた。
驍宗は、主殿にある自分の居室以外に寝所をしつらえたことがないはずだった。
「妙なことを問うかもしれぬが。」
李斎は、跪いている女官に目を向けて言った。
「わたくしは女とはいえ武人。後宮に足を踏み入れても良いものだろうか。」
男ならば、官でも入れない区域だ。
対して、女官はやや困ったように答えた。
「主上は、そちらに将軍をお呼びせよとのご命令で。」
「そうか。」
李斎はうなづくと、大人しく太刀を預けた。
そして歩き出しながら、一人静かに苦笑した。
自嘲するように、小さく首を振る。
・・・自分はどうやら、王の寵愛を享けている女だと思われることを、殊更に嫌っているらしい。
・・・言葉には、注意せねばなるまいな。
自戒を込め、きゅっと唇を結ぶ。
李斎は幸いにして、女官に嫌われてはいない。
それなりに尊敬を集めているし、悪意を持つ者はいまのところほとんどない。
だがこの先、武人としての高い地位のみならず、女として新王の寵を独占していることが周知となったならば、どのように遇されるかわからない。
決して若くも幼くもない李斎には、想像の及ぶ範囲だ。
社会的な成功と、女としての幸福をともに手にする数少ない女に対する他の女たちのの嫉視の強さと、恐ろしさは。

広い宮の中で、灯りの漏れている部屋が一つだけ見えた。
開きかけになっている扉をキィと音を立てながら開き、中へ入る。
驍宗は、部屋の中央に置かれている卓子の上に乗せられた檻のようなものを食い入るように見つめていた。
だが、物音に気付いて顔を上げる。
そして、李斎の姿を認めると破顔した。
「来たか。」
「お召しにより参上つかまつりました。」
仰々しく述べた李斎に、驍宗はそれまで自分が見ていた檻を指差した。
「珍しいものを手に入れた。自慢をしたくてたまらぬのだが、私が鳥一羽を誇らしげに見せびらかしては皆が可笑しがりそうでな。阿選や巌趙に笑われるのも癪で、そなたを呼んだ。」
「まあ・・・。」
しごく真面目にそんなことを言う王も珍しいと、李斎は笑いを堪えながら思う。
李斎は卓子に近づき、檻を覗き込んだ。
中では青い色をした一羽の鳥が、所在なげに動き回っていた。
だがやがて、おや、と思う。
青い鳥と見えたのは、その鳥が青いぼろ切れを羽根に纏っているからだった。
羽根の色は黒と茶の入り交じったような暗い色だったが、その鳥はぼろ切れとおぼしき青いものを羽根の上に乗せている。
「その鳥は、繁殖期になると他の鳥の落ちた羽根だの、鉱石のかけらだの、人が捨てた塵だの、とにかく青いものを身にまとう習性がある。こやつはまだだが、木の枝で巣を拵(こしら)えるとその巣をも青く飾り立てる。どうやらこの種の雌鳥は、青い色に惹かれてやって来るらしい。」
「まあ。」
なるほど、それはなかなかに珍しい鳥だ。
「鳥を見せたいと仰せというのは、まことでございましたのね。」
ほっとしたように言う李斎に、驍宗は眉を上げた。
「嘘だと思ったか。」
「国の大事に関わるお話でもおありかと、訝りました。そうではないとわかり、ほっとしています。」
なおも鳥を見ながらそう言った李斎は、背後からふわりと肩ごと抱き締められた。
「主上・・・?」
「私が、そなたを臥牀に連れ込みたくて口実を設けたとは思ってくれなかったのか。」
やや掠れた声が、耳元で囁かれる。
全く思わなかった訳ではなかったが、正直にそうとは答えない。
李斎とて、駆け引きくらいは知っている。
「いいえ。貴方はご自分の牀榻にわたくしを招んでくださったことがございませんから。」
そっけない答えに、驍宗は苦笑する。
「そうだったな。」
互いに声には出さないが、努めて人の口に登らないように、意識していた。
だが、それゆえに生じる、不安があった。
「主殿のわが居室は、いささか不都合なのだ。」
李斎を身体ごと腕に封じ込めたまま、驍宗は言った。
「不都合でございますか。」
「あの部屋は、窓からそなたの官邸が見える。」
「結構な距離がございますよ。わたくしの邸からは、昼間は主殿のお館の判別がつきません。夜になれば、灯の数で区別がつけられますが。」
「私も昼間は判別出来ぬ。だが夜になると遅い刻までそなたの邸に明かりが灯っているのが見えるのだ。」
抱き締める腕が強められ、苦しくなった李斎は自分で解こうと身じろいだが、純粋な腕力という点では将軍の李斎といえども驍宗に適わない。
李斎は仕方なく、肩に回された男の腕に柔らかく触れ、そっとそこに頭を預けることで緩めて欲しいという意思表示をした。
驍宗は少しだけ腕の力を緩めたが、その代わりのように熱く囁くように言った。
「そうすると心が騒ぎだす。そなたの元に、誰ぞ他の男が訪れているのではないかと、不安になる。」
「・・・・。」
思いがけない言葉に、返答する術を失った。
「後宮に女を閉じこめる王の気持ちが、少しわかったぞ。」
その言葉も、その後に続いた自嘲めいた溜め息も、熱かった。
李斎は男の独占欲が嬉しかったが、それで舞い上がる訳にはいかなかった。
「わたくしは。」
緩められた隙をついて、男の腕を振りほどく。
「わたくしは、主上が後宮にお部屋を設(しつら)えたと知り、自分は用済みになったのかと思いました。」
たいして本心に近くはないが、拗ねたように横を向いて言ってみる。
本心ではないことは男も承知だろうが、それでもあっさり折れてくれた。
そっぽを向いている李斎の肩に手をかけて自分のほうを向かせ、やわらかく抱き締めた。
「何を言うか。そなたの邸が見えるあの部屋から離れたくてここに逃げて来たものの、それでもそなたのことばかりが気になってこの部屋をそなたの色に設えてしまったものを。」
「わたくしの、色・・・?」
改めて部屋を見渡すと、帳から調度品からすべて、濃淡の紫色で統一されていた。
「そなたの名が『紫』であろう。私は細やかな雅を解さぬ男ゆえ、そなたの色といえば名の紫しか浮かばぬ。そしてふと思い立ってこの部屋を紫色で染めてしまった。聡い女官はそなたの色と気付くやもしれぬと思って、誰にも手伝わせず。」
「・・・・お部屋の模様替えを、主上がお一人でなさったのでございますか。」
「慣れなかったが、苦痛ではなかったぞ。女官たちに、女と過ごすための部屋の用意をさせられていると思われたくなかったらしい。妙なことを気にしてしまうものだな。」
すると、驍宗も同じように考えていたのだ。
王の寵姫だと思われたくない、自分と。
どこか浅ましいが、互いを想う気持ちと同じくらい、その奇妙な羞恥は消えない。
知らず、笑みをこぼした李斎を誤解したのか、驍宗が笑いながら言った。
「可笑しいか。」
李斎はそっと首を横に振り、艶やかに笑むと男の肩に腕を回した。
「嬉しゅうございます。」
小さく囁き、男を見上げて口付けをねだるように瞳を閉じた。
口付けを交わしながら長い濃密な時間がしばし過ぎ、やがて李斎はふわりと男の腕に抱き上げられた。





「叛乱軍の討伐に向かった時、野営中に見つけたのだ。」
紫色の帳が、夜闇よりも濃く部屋の明かりを遮る臥牀の中で、驍宗が呟くように語り始めた。
李斎は男の鍛え上げられた左腕を枕に、心地よい微睡みの中でその声を聞いていた。
「私たちの連隊の天幕のすぐ間近に、巣を拵えたのだ。賊軍はほとんど降伏しかかっていたから、私たちは面白がってその鳥の様子を静かに眺めることにしたのだ。」
青を纏い、己のねぐらである巣をも青色に飾り立てる、その珍しい鳥を。
「巣が出来上がると、やつは踊り始めた。」
「鳥が踊るのでございますか。」
「そうだ。我らから見れば滑稽だが、青い巣の中で必死に舞い踊るのだ。私や仲間は、やつが何のために踊るのか、はじめはわからなかったのだ。だが、やがて、雌を呼んでいるのだと知った。」
「つがいを求めるのに踊る鳥がいると、聞いたことがございます。」
「雌らしき鳥がたまにやって来るのだ。雌は青く飾り立てた巣と、中で舞い踊る雄を検分するようにじっと眺めて。」
驍宗はそこで思い出し笑いをするように言葉を中断した。
「目がねに適わぬのか、そのままふいっと飛び立ってしまうのだ。」
そしてクックッと笑い声を立てる。
「雌が行ってしまうとやつはしばらく萎れているのだが、また気を取り直して舞を再開する。己の甲斐性を見せんと、必死で舞い踊るのだ。当初はやつを笑っていた私たちだが、しまいには応援するようになってしまった。青のぼろ切れを、撒いてやったりな。」
李斎が小さく笑い声をあげた。
そしてそのまま、わずかに身体を折り曲げてしばらく笑い続けた。
その様子に、驍宗が面白くなさそうな声を発する。
「李斎、笑いすぎだぞ。」
「失礼を。楽しゅうございましたので。」
なおも笑う女を、驍宗は抱き締め直すことで動きを封じ込めた。
「そなたの色にこの部屋を染めようとしながら、ふいに思い出したのだ。あの鳥を。」
温かい腕を女の身体に回して、耳元で囁く。
「あの時やつを滑稽に感じたように、この私もたいそう滑稽に見えるのだろうとな。」
李斎はその言葉ににっこり笑った。
そして言葉では何も答えず、男の頬に口付けた。
「その鳥の話をしてみたら官の一人が自分の郷里にいる鳥だと言って、あれを持って来た。」
部屋の中にいまもいるその鳥を顎で差しながら、驍宗が言った。
「王宮にいては舞っても雌を呼べませんわ。」
「そうだな、明日放してやるとしよう。」
おだやかな男の声に小さく頷いて、今度は李斎が口を開いた。
「わたくしは野営中に、鳩の番(つがい)が嘴をつつき合うのを見ました。」
男の胸に頭を寄せると、髪を優しく撫でられた。
「女の兵卒は少ないので、たいてい一人だけ別の天幕を与えられます。男の天幕からは楽しそうな笑い声が聞こえて来ますのに、わたくしは一人、寝袋代わりのむしろにくるまって寒さに震えておりました。するとチッチッと鳥の囀る声が聞こえましたのでそうっと覗いてみますと、鳩の番がそれは仲良さそうに嘴をつついていました。」
「ほう。」
「互いに互いしか見えておらず、わたくしが見ていることにも気付きませぬ。」
李斎のその呆れたような声音に、男が小さく笑う。
「面白くありませんでしたので、誰も聞いていないのを幸いと、串刺しに焼いて明日の朝餉にしてしまうぞと声をかけましたがそれでも気付きませぬ。」
「はっはっは。物騒な女だな。」
驍宗は朗らかに笑って、女の耳元に唇を寄せ、囁くように問うた。
「それで、その鳩はどのように嘴をつつき合っていたのだ?」
その声に、微睡むように半分閉じていた瞳を開けて、李斎はわずかに起き上がった。
隣に横たわっている男と目を合わせ、見つめあう。
「かように。」
言って、まるで鳥が啄ばむように軽く口付けた。
それを、繰り返した。

二人のうちどちらかが先に、焦れるまで。






明美さん発の流行最前線「驍宗×李斎」ですが、「いろいろ詰め込みすぎてまとまりがなくなった悪い例」になっちゃいました。(憂)細かいところは突っ込まないでいただきたいです。(行動が矛盾してるとことか、歌がほとんど関わってないこととか、歌の侘しさとぜんぜん合ってないこととか←細かいっちゅーより基本か!?)
CSで米国産のネイチャリング番組をよくやってるんですよ。なんて鳥が忘れましたが、この鳥、ほんとにいじましいんです。駅の天井でいちゃついてたバカップル鳩には爪の垢を煎じて飲ませたいです。
それにしても、オトナ同士は楽でした。二人とも勝手に動いてくれましたのでさくさく進みました。
常世での後宮の役割っていまひとつハッキリしないんですが、同人界でもよく行われてますので、一般的な意味に近い使い方をしました。宦官はいないっぽいので、単純に男子禁制ということで。