花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに


「何を見ているの。」
小さな両手に御璽を握って、力いっぱいに押しながら珠晶が尋ねた。
「雨だよ。」
窓辺にじっと立ったまま外を眺めながら、利広が静かに答えた。
瞬間、剣呑な言葉が珠晶から飛び出した。
「他人(ひと)の家にわざわざ来といてそんな陰気な顔ばっかり見せないでちょうだい。」
「そりゃ悪かったね。」
あまり申し訳なさそうな顔も見せずに利広が苦笑混じりに言う。
「雨なんか見てて何が楽しいの!?」
「楽しくなんかないけれど・・・。」
利広がゆっくり振り返った。
「雨の日は旅が止まるから、いつも動き回っている僕は考え事をしてしまうんだ。」
穏やかに微笑みながら、言う。
「旅が日常の僕は、毎日同じことをしたり、一ヶ月に一度同じことをしたりということがない。どれほどの時間(とき)が経ったのかも実感することが出来ない。」
立ち止まることそのものが、性に合ってないから。
雨でやむなく足止めを喰らった時に考える。
どれだけの時が過ぎ。
その間に自分は何をしてきたのだろうと。
そして、無為に過ごしてきたとしか思えない日々に自分で呆れ果てる頃、たいてい雨は上がっている。
「あたしは利広が顔を見せた時に、ああ時間が経ったんだわと思うわ。」
大きな瞳で利広を見据えながら、今度は珠晶がそう言った。
「利広がそこの窓からひょいって顔を出すじゃない。そうするとあ、また利広が来たわ、もうそれだけ時間が経ったのねって思うの。」
「へえ、僕が珠晶の仕事の邪魔をするのも、ちゃんとそれなりの役に立ってるんだ。」
おどけるように言いながらも、表情にいつもの明るさが見えないのは雨のせいか。
「利広。」
幼い外見には似付かわしくない、穏やかに気遣うような声を珠晶が出した。
「ん?」
「生きるのに、飽きた?」
いささか苦手な、真摯な瞳を向けられて利広は苦笑した。
「飽きていたら、とうに生きていないよ。でもこんな雨の日にはときどき、魔が差すね。もうこれ以上、生きなくて良いんじゃないかとね。」
罵倒が飛んでくると、覚悟しながら言った。
あるいは。
自分は珠晶にハッパをかけてもらうために、定期的にここに寄るのではないかとも思った。
ぐだぐだ言ってないで、しゃんと前を見て歩きなさい、と。
自分にそういうことを言ってくれる人間は、もはや数少なくなってしまったから。

だが、予想したきつい言葉がこの時は返って来なかった。
珠晶はふいに立ち上がった。
立ち上がって、利広を見上げた。
首が痛くなるほど見上げなければ、視線が合うことがない。
初めて出会った時からそうだし、こればかりは永遠に変わらない。
「そこに立って。」
珠晶は執務机の前を指差した。
彼女の意図が図りきれずに首をかしげながらも利広はその言葉に従う。
するといきなり、珠晶は机の上に登った。
「珠晶・・?」
図らずも珠晶を見上げる格好になった利広が不思議そうな顔をする。
珠晶は机に膝をついた。
そうしてようやく、利広より頭ひとつ分高い位置になった。
そっと手を伸ばし、利広の頭を抱えて胸に抱き締める。
「帰って来なきゃ駄目よ、利広。」
珠晶の声は、不思議な声だった。
声の高さは甘えかかる子供のそれと変わらないのに、囁くようなその声は去ろうとする男を引き止めようとする女の匂いをはらんでいた。
利広にとっては、珠晶の登極からたいして時間が経ったとは思えない。
だが、雨を眺めているほんのわずかな間にも、時は過ぎ去るのだ。
姿は変わらず子供のままだけれど、珠晶はもう百年近い治世を誇る恭国の王だった。
利広はにっこり笑って、頭を珠晶の肩に預けた。
「珠晶は、良い匂いがするね。」
この珍しい体勢には慣れないが、全然不快ではない。
「そう?」
漏らされた小さな甘い吐息に応えるように、利広は呟くように言った。
「お母さんみたいだ・・・・。」
それは、彼の長すぎる人生経験と少なくもない女性経験からすれば、褒め言葉の類に属するものだったから。
だから、利広は予測出来なかった。

その直後に見舞われる平手打ちを。




ひょ、ひょっとしてリコシュデビュー・・・???わわわ、大変だ。(何が?)何やらギャグ落ちになってしまいましたが、小野小町と利広とゆー意外な組合せが一応目玉です。常世には「容色の衰え」がありませんから、この歌を弄るのは難しいんですが、時の流れと来ればやはり利広ですよね。一定の成熟を得た女ならば、母親のように愛する男を包んでやれるのは本望ですよね。でも珠晶は永遠に乙女心じゃないかと思います。エヘヘ。