その日、和州候は金波宮に召喚された。
来訪を伝える女官が景国女王のもとへと向かう。
「柴望様、お出でになりました」
その言葉に、陽子の顔は険しくなった。
「来たか」
御前へと通された和州候は深々と頭を下げる。
「お呼びでございますか」
陽子は、礼を示す和州候に詰問を始めた。
「聞きたいことがある。柴望、あれはどういうつもりだ?」
「あれ、と申しますと・・・」
「しらばっくれるつもりか?蜂蜜酒の事だ。」
「ああ、あの蜂蜜酒でございますか。」
「聞いたぞ。あれは・・・その・・・いろいろと効能があるそうだな」
柴望は、いぶかしげに首をひねる。
「は?効能・・・でございますか」
「それを、私に届けてきた、というのは、何か含むところがあったのか?答えろ」
和州候は仰天した。
「とんでもございません。あの蜂蜜酒には、効能と言う程のものはございません。」
陽子はその顔をじっと見たが、必死の形相に嘘はないように見える。
では、浩瀚から聞いた話は、どうなるのだろう?
浩瀚は、少なくとも嘘は言わない男のはずなのだが。
「それは、一体どういう事だ?」
「わたくしのお届けした蜂蜜酒は、蓬莱式の方法で、蜜だけを集めて使いました。ですから、その、効果、というのはほとんど無いのです。」
「蜜だけ?効果がない?」
蜂蜜酒に、蜜以外の何が入っているというのか。
「蜂蜜を集めるとき、にですね」
柴望が、言いよどむ。
「昔ながらの方法で、つまり、巣を丸ごとつぶして絞る集め方ですと、蜜の中に、色々と、栄養が入るので、そのう・・・蜂蜜酒の、効能が現れるのです」
「そうなのか?」
つまり、巣の中にあるもの、ということは・・・
陽子の腕が、我知らず粟立った。
いや、まさか、ひょっとすると、「いるもの」の方かも知れないという事だろうか?
ぞぞっ、という感覚が、背中を這い上がる。
確かに、日本にいた頃、蜂蜜は健康にいい、とは聞いたが、強壮剤のようにいわれているのを聞いた覚えはなかった。
(しかし、だからといって、ちょっとそれは・・・)
それを「珍味」だと、喜んで食べる人もいることは、知らないではない。
だが、自分で敢えて口にしたいなんて、とても思えない。
柴望は続けた。
「主上は蓬莱のご出身でいらっしゃいますので、蜂蜜に、色々と入っているとお気になさるのではないかと思いまして、あの蜂蜜をお届けしたのでございます。」
それに、と彼は付け加えて言った。
「あの蜂蜜酒も、栄養的には、蜂蜜を垂らした葡萄酒とそう変わりません。」
陽子には納得がいった。確かに、あの酒は、見た目だけなら蜂蜜を薄めたようだったし、他に何か入っている様子もなかった。
「そうだったのか・・・」
そうなら、柴望の心遣いは、感謝に足るものだと言っていい。
思いも寄らないものを・・・どう考えても進んで食べたいと思えないそれを、口にせずに済んだのだから。
しかし、陽子は何かに引っかかった。
「・・・ん?そのことを、浩瀚は知ってるのか?」
あっさりと、当然という顔で答える。
「はい、ご存知かと。」
陽子の顔はみるみる不機嫌そうになっていく。
「そうか・・・わかった。」
(そうか、知ってるのか、浩瀚の奴・・・!!)
「私の早とちりだった。あの蜂蜜は、美味しく食べさせてもらおう。」
柴望は、顔を引きつらせながら笑う主上にいぶかしく思いながらも、その場を辞した。
陽子は、全てを理解した。
(つまり私は、浩瀚に、思いっっっきり、からかわれてたって事なんだな?)

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「浩瀚!」
「これは、主上。そんなに慌ててどうなさったのですか」
その相手をきっ、と睨みつけ、噛み付いた。
「柴望から聞いた。あれは、あの蜂蜜酒、ほとんど効果が無いそうじゃないか!!」
浩瀚は涼しげな顔で微笑んだ。
「おや。もうばれてしまいましたか。」
「やっぱり知ってて!!」
(騙したなあぁ!!この男は・・・!)
小憎たらしいことに、全く動ずる様子もない。
「ですが、嘘は申しておりません。」
「そういう問題じゃない!」
「では、どのような問題ですか。」
彼はすっと傍へと寄り、陽子の右頬に手を伸ばす。
「こんの狸め・・・」
男の手を振り払う。
しかし、頬を張ろうと挙げた手は軽く捕らえられ、耳に唇が寄せられる。
「なんでしたら、わたくしが、作って差し上げましょうか?」
ぷうと膨らんだ陽子の頬に、朱が差す。
「・・・何をだ?」
浩瀚はにこやかである。
「効果のある、蜂蜜酒を。」
陽子は耳まで赤くなり、次の瞬間、さっと青ざめた。
「御免こうむる!」
「冗談ですよ。」
その言い様は、恭しげで、また、爽やかですらある。
「主上の苦手でいらっしゃるものを、わざわざ供したりはいたしません。」
(うう、こんな、こんな奴に弱みを握られるなんて・・・!!)
私が「苦手」を持っている限り、きっとこんな風に、浩瀚にからかわれるのだろう。


                  



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凍れる果実さまのミード編の続きを由里さまが書いて下さいました。こういうオチだったのですねvv柴望さんは名誉挽回!!ですが、私めの気になりますのは、効果がなかったはずのミードを、何故陽子さんは翌朝、「効果があるものだ」と思い込んでいたのかというところですわね。
・・・・昨夜はそんなに凄かったんですか?ねえ主上?ねえ閣下?