「遅くなってすみません!」
慌ただしく舎館の一室に入って来た陽子を、明るい黒い瞳が迎えた。
変わらぬいつもの笑顔に、陽子の顔はほっとほころぶ。

「何を飲んでいたのですか?」
尚隆の前には、深い琥珀色の液体が入った杯と細長い酒瓶が置いてあった。
「あちらの酒だ。」
「ええと、スコッチ・ウィスキー、ですね。」

幻の国への思いがかたちを結ぶ前に、
確かなやさしい感触が、陽子の唇を通り過ぎる。
「・・・・いい香り。」
「飲んでみるか?」
両手で受け取り、陽子は少量、口に含んでみた。
香り高い炎が、ゆっくりと喉を滑り落ちて行く。
「このままだとちょっときついですね。でも、美味しい。」
「湯で割れば、陽子にも楽しめるだろう。
 少し冷めてしまったが。」
尚隆は、新しい杯に酒と湯をそそいで手渡した。

「それに、こんな日には、こういう酒が良いぞ。」
「え?」
「外を見てみろ。」
「あ、雪!やっぱり降って来たのですね。」

陽子は杯を卓に置くと、走り寄って窓を開き片手を伸ばしてみた。
空から舞い降りる、重さなどまるでないような白い結晶が、
掌の上ですっと消える。
緋の髪にも雪は降りかかり、やがて室内の熱で溶けた雪は、
天から贈られた小さな玉のように、灯りをうけてきらめいた。


空を見上げ、自分が昇っていくような感覚を楽しんでいた陽子は、
ふと、懐かしい少女の横顔を思い出した。
あどけない表情が引き締まり、影が落ちる。
「皆、暖かく過ごしているだろうか。」

「ああ、大丈夫だろう。暮らしが落ち着いていれば、これくらいの寒さなど何ともないものだ。
 慶には、良い王がいるからな。」
俯いた背に、やわらかな声が答えた。
「この雪では、そう積もる事もあるまい。
 陽子、冷えるぞ。」
静かに引き寄せて手に杯を持たせると、
尚隆は両の腕で、同じ重さを背負う華奢な身体をそっと包み込んだ。


「このお酒は、あなたに似ていますね。」
ひろい胸に凭れて、陽子はゆるりと微笑む。
「そうか?」
「力強くて、まろやかで、おおらかなのに細やかで、」
「おい、」
「そして何より、」
苦笑する尚隆の顔を見上げた翠の瞳が、光をこぼす。
「私を芯からあたためてくれますから。」


                  

(終)




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ゲール語(スコットランドの言葉=ケルト系)で「命の水」を意味するらしいですウィスキー。私は、お湯割りでも駄目なんですけどト〜ホ〜ホ〜(涙)身体の大きさは違うのに、背負う重さが同じというところが響きます。けやきさんが書かれただけあって、細やかで丁寧で優しいお話で、本当にほわわわと温まりますね。