「浩瀚、浩瀚。」
彼を呼ぶ軽やかな声。かの人の口唇から己の名がつむがれるそれだけで特別な祝福がもたらされているような、そんな錯覚、いや、幻ではない、その証拠に
「浩瀚、さっきから呼んでいるだろ」
少女が息を切らせて彼の歩みを封じるように立つ。
「どうかなさいましたか?」
「うん、いまね、柴望がこれをくれたんだ。」
彼は少女が抱え持つ陶器の壷を覗き込む、
「蜂蜜酒だって。浩瀚と二人で飲んでくださいって言ってたよ。」
「・・・主上、柴望がそう申しましたので?」
「甘いお酒だから、私でも、大丈夫だって。あ、浩瀚には、甘すぎる?」
無邪気に笑む。
その純真さ、僅か前はその無心がうえの残酷さに耐え切れぬほどの想いをようやっと押さえ込んでいたのだが、いま、こうして、隠さずに少女に微笑みかけることのできる今では愛しさが募るばかり。
小首をかしげて覗きこむその仕草、
「だめ?」
「いえ、」
苦笑か?
「では、いただきましょう、ご一緒に。」
つと、少女の耳たぶに口をよせ、
「今宵、」

濡れそぼつ臥所をあとにし、彼は少女が昼間和州候に献じられた甘い酒の封を切る。
とぷりっと、濃厚な液体が灯火に揺らめく。
杯にひとつだけ、
いまだ寝乱れる少女のかたわらに座し、
そっと、その緋色の髪をくしけずる。
「んん・・・もう、朝?」
少女はけだるげな体を半身起こし、目を何度もしばたたせる。
「お飲みになられますか?」
ようやっと、覚醒した彼女に先ほどの杯を掲げる。
「それ、柴望がくれたお酒?」
「さようでございます。」
「なんていったっけ?蜂蜜酒? 蜂蜜でできているの?」
彼の手から受け取ろうと少女が手をのばすと、彼はふいっとその杯を高く掲げ彼女の手の届かぬようにしてしまう。
「浩瀚。」
からかわれていると感じて少女は頬をふくらます。それに、薄く笑み
「主上、蜜月という言葉をご存知ですか?」
「うん? え〜と、新婚、の、こと? 」
「ええ、では、なぜそういうか、ご存知ですか?」
少女は緋色の髪をかきあげしばし考え、降参といふうに頭を振った。
「では、ご教授申し上げましょう。それは、この酒にございます。」
黄金色が満たされた杯を供物のごときに捧げ持ち、
「これは、花嫁が新婚の夫に毎夜飲ませるため造る酒です。」
「へえ、おもしろい。だから蜜月なんだ。」
「なぜ、花嫁が造ると思われます?」
またなぞなぞか?と、少女はおもったが、
「わからない。」
ふるふると、再び頭を振った。
それに彼は
「女性から、男性へこの酒を勧めるのは、誘いでもあります。」
「よく、わからない」
「臥所での勧めは、さらなる契りを求めることに、」
「  ?  」
「精がつく、と、俗にもうします。」
瞬間、少女の頬に朱がさす。
「ですから、新婚の夜に供されるのですよ。」
くつりと笑い、
「試して見ましょうか?」
少女の顎を左の手で捕らえ、
嫣然と笑む、
「このご酒を、一緒にと仰せになりしたね。」
少女が逃れようとわずかに身じろぐ、
「まだ、足らぬ、と、そうおおせなのですか?」
細腰を引き寄せ、
「貴女がお飲みになりますか? それとも・・私に飲ませたいのですか?」



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これは、柴望さんから閣下への(陽子じゃなく)粋な(?)贈り物?それにしてもこの陽子さんの可愛いこと・・・vvvていうか、蜂蜜酒なぞ不要?もう朝まで・・・(以下自粛)