アイスワイン


「陽子、やるよ」
「なんですか?これ。」
また蓬莱帰りなのだろう、ずしりと重い長方形の箱にきれいな包装紙、なつかしいつるつるしたポリエステルのリボンが十字にかかっていた。
(なんだろう?)
当の延麒は当ててみろといった風にすこしいたずらめいた笑みを口の端にうかべただけで、どうやら教えてはくれないらしい。
箱をひっくり返すと、とぷんっと何か液体が入っているような妙な手ごたえ、
(なんだろう・・・?)
真紅の髪をさらりと揺らし小首をかしげる。
ふりそそぐ陽光をうけて思案げな翠のひとみがいっそう顰められる。
「ずいぶん重たいですよね。」
「まあな、重さより買うときが大変だったんだぜ。向こうじゃ、まあ、下に降りてもそうだけど、見かけがこんなんだろ、」
子ども扱いされて苦労したんだぜ、っと、少なくとも五百年以上の季節を過ごしている麒麟はやれやれといったように肩をすくめた。
「見かけで買えないようなものなのですか?」
「うん、そう、年齢制限っていうやつでさぁ。陽子も買えないんじゃないかなぁ、神籍に入ったの早かったもんな。あ、で、そろそろ解ったか? もう解るよな?えーま だ、ヒントがほしいのかぁ。しょうがねーなぁ、じゃあさ、」
不意に、延麒の言葉がとまる、なんだろうとその視線をたどると、向こうの回廊から浩瀚がこちらにやってくるのが目にはいる。
浩瀚に聞かれちゃいけないのかな?
ふと沸いた疑問をそのまま口に乗せてみる。
「いや、そんなわけじゃ、」
なんだか、歯切れが悪い。
「やっぱ、俺帰るわ。」
「・え?・せっかく夕餉を一緒にと思ったのに。」
「ん、どっちみち、今日はそれ渡したらすぐ帰るつもりだったんだ。また今度にするよ。あ、でさ、それ、お酒だから」
「お酒?」
「大丈夫。陽子でも飲めるぐらい甘いから。おいしいぜー。」
じゃ、俺帰るわ、といい、窓枠に手をかけて、首だけふりかえって、
「陽子、それ、俺が陽子にあげたんだから、他の奴に飲ませちゃだめだからな」
「はあ?」
「どーしてもっていうんだったら、そうだな、祥瓊と鈴ならいいよ。」
でも、絶対ぜったい、浩瀚や景麒は駄目だぞ、まかりまちがっても尚隆なんてもって の他だと、言う。
「なぜ、だめなんですか?」
まっすぐな翠玉にみつめられ、うっと、言葉につまる。
(せっかく陽子のために見つけたのに、他の男になんか飲ませられるか、なんて、言 えるわけないだろー。あーもー、どうしてこう鈍感なんだ!!)
「うーまー、あの・・・そうだ! それは女の子専用のお酒なんだ!! 」
われながらむちゃくちゃな論理だったが、とりあえず、鈴と祥瓊と三人で飲むという 確約を取り付け、
(なんか、つかれた・・・。)
延麒は最後に長々した溜息を残して帰っていった。
「主上、」
「ああ、浩瀚。」
やってきた冢宰が不思議そうに延麒が去っていった窓と陽子の手に残された箱に視線 を送る。
「主上、それは?」
「ああ、延麒が蓬莱のお土産に下さった、お酒だってさ。」
「御酒ですか、延台輔にしては珍しい。」
「うん、なんでも女の子専用だそうだ。だから、浩瀚は駄目だ」
「おやおや、私はのけ者ですか?」
「うん、そう、冢宰殿は・の・け・も・の・」
ふふふっと笑み、
「私を呼びに来たのだろう?御璽?そしたら執務室に行こう、あ、鈴と祥瓊に今夜あ いてるか聞かなきゃ。女の子で、酒盛りするんだ。」
先に行ってるね。と、大事そうに延麒からもらったお酒の箱を抱えて陽子は駈けて いった。




「わあ、きれいねぇ」
とくり、っと、瑠璃の器に注がれた黄金色の液体に少女三人は一様にざわめき立つ。
「それに、なんていい香りなのかしら」
ワインと書いてあるから、ぶどう酒なのだろうけど、いつも飲んでいる葡萄の酒より 幾分とろりとしていて、どちらかというと、さらさらした蜂蜜のようだ。封を開けた とたんに馥郁たる香りが房中にだだよい、少女たちは幾分陶然となる。
器を口に近づけるとその香りは誘うように鼻腔をくすぐり、唇にあまやかな流れと なって舌の上を転がるように流れ落ちる。
「おいしい。」
「うん、すごい。おいしい。」
「延台輔に感謝しなきゃね。」
もう一口。
すでにその甘さを少女たちの舌は一度で覚えてしまった。今度は自ら求めるように唇 をその金の液によせ口付けのようについばむ。
「陽子、これなんて書いてあるの?」
ワインの入っていた木の箱から、ぺらぺらした紙片を引っ張り出し、祥瓊が陽子に差 し出す。
「ああ、このお酒についての説明だ。えーっと、このお酒、アイスワインって言うん だけどね、へぇー、おもしろい。これ葡萄を一度凍らせてから作るんだってさ。」
「え?どういうこと?」
「普通さ、秋に収穫した葡萄を搾ってワインをつくるだろう? これは完熟したぶど うをそのまま樹にならしておいて冬までおいておくんだって、」
「あら、そうしたら凍っちゃうじゃない。」
「うん、でも先に水分が凍ってしまうから、凍結したままの葡萄をしぼるとほんのわ ずかの濃縮された糖度の高い果汁のみがとりだせる。それを発酵させてつくるそうだ よ。」
「へえ、なんだかすごく手間な話ね。ううん、贅沢な感じ。」
そう聞くとありがたさが増すわね。と祥瓊がひとりうなづく。
「そうねえ、葡萄はさぞ寒かったでしょうね。」
鈴の口調があまりにも気のどくそうだったのがなんだかおかしくて三人クスクスと笑 い、再び杯を重ねる。
とろりとした蜜色の酒。夜の帳にもわずかばかりの灯火をうけて黄金色にきらめく。
甘い、
「たしかにこれは女の子専用だなぁ」
「ん?何か言った?陽子」
「いや、なんでもない。」
とろけそうにあまい。
「似ているな」
「なによぉ、さっきから一人でぶつぶつつぶやいて、はっきりいいなさいよ。」
「しょ、しょうけい〜。目が据わってるよ〜。陽子、祥瓊が酔っ払ってるよ。」
「あはは、本当だ珍しい。ああ、ごめん、ごめん、茶化して悪かった。いや、このお 酒、似ているなって思ってさ。」
誰に?
「延麒に似ているとおもわない?」
「あら、そうね、言われてみれば。」
「ほんとう〜。色は延台輔の鬣みたいね。」
「またもってきてもらわなくちゃね。陽子、台輔に言っといてね。」
「そうだなぁ、ああ、いっそ、慶でもつくってみようか? 嗜好品になるけどそろそ ろ輸出用の特産品というのも考えなきゃと思ってたんだ。」
そうね、それもいいわね、それにしても延台輔も気が利いているわ。この百分の一ぐ らいでいいから景台輔もみならってくれないかしら。と、友人二人の会話はだんだん 自国の麒麟への不平不満へとうつっていく。 自らの半身ながらあの溜息で出来ているような麒麟を思い浮かべ
(景麒もまあ、自業自得だしな、)
くつりと微苦笑する。
(あれはあれで、可愛げもあるのだけど)
くつくつと再び笑い、
そして、もう一口
あまい。
(やっぱり、似ている。)
やさしい金色の光。酔いとともに暖かなものがともに体中を満たしだす。
(似ている)


(ぜったいぜったい。似てるとおもったんだ。)
ようやっと雁の官吏の裏をかき、自分の主を人身御供に置き去りにして延麒六太は久 しぶりに金波宮へとたまを急がしていた。
雲海をこえ、直接露台に乗り付ける。
あまりにもしょっちゅう入り浸っているのでたまはもう自分で厩舎へ向かってしまっ た。
「たまは金波宮が自分の家だと勘違いしているのではないですか?」
「陽子!」
それなら私がもらってしまいますよ。といたずらそうに微笑む。
「それはそうと、この間はありがとうございました。ちゃんと約束どおり祥瓊と鈴の 三人でいただきました。」
「うまかったか?」
ええとっても。と陽子はふわりとうなずく。
(そうだろうな。ぜったいにこれは陽子にって思ったんだ。)
「じつは慶でも葡萄がとれるからいっそためしにつくってみようかと。」
特産にしようかと考えているんですという彼女の話しにうんうんと相槌を打ちながら 六太は思う。
(まるで陽子だ。)
一度その身を厳寒の中にさらし、その苛烈なときがより一層の美味へと生まれ変わ る。
醸し出されたその香りだけで酔いしれてしまいそうな、それでいて高貴な美酒。
ただ甘いと思って侮っていると、我知らずその酔いに囚われている。
(まあ、俺も囚われている一人なんだろうな〜。)
それにしてもなんでライバルが多いんだろう。と少し頭を抱えながら思いをめぐら せ、つい、ぼうっとしてしまっていたらしい。
「・・・麒?・・延麒? 六太君?」
「あ、ご、ごめん、ぼうっとしてた。何?」
「あのお酒。」
「うん?」
「やっぱり、そっくりですよね。」
彼女の手か不意にのび、彼の金色の鬣にふれる。
「延麒に似ている。」
「え、えぇぇー。俺ぇ?」
「鬣の色もだけど、やさしい味がして、飲んでいるとだんだん幸せな気持ちになって きて。」
かぁ〜と、顔に朱がのぼる。彼女に気づかれてはいないだろうか?
「延麒と話しているといつも気持ちが穏やかになるんです。いつも私に気をつかって 下さっているでしょう? ふふ、不思議ですね。あのお酒を戴いている間なんだか、 延麒とおしゃべりしているみたいな気がして。」
そうして、彼女は雁の麒麟の蜂蜜色の鬣を手で梳きながら、
「ひさしぶりに気持ちよく酔えたんですよ。」
(にてるのは、やっぱり陽子じゃないか〜〜!!!)
やはり、彼女が美酒、その香り、その言の葉だけで、男を酔わす。
あまやかなその味を侮っていてはいけない。ついついすごしすぎて気がついたときに はもう抜け出せないほど酔いしれている。
「女の子専用っておっしゃったけど、もし、慶でアイスワインができたら、一緒に飲 んでくれますよね? 」
蕩けるようなその微笑。つややかな紅の絹髪、双の宝碧、紡がれる言葉の甘い吐息。
(・・・・もう、だめ・・・だ。)
既に泥酔状態。
彼女に自覚がないのが恐ろしい。
「うん、延麒には一番に味見してもらいたいな。」
ここまで酔わせられたのだから、
それなら、いっそ、無邪気なその君を
「じゃあ、そのときは、ほんとに一番に味見していいのかな?」
君自身を・・・。






蛇の足
しゅじょう〜〜私も金の鬣です〜〜。なぜ私のは梳いては下さらないのですかぁ〜
っと、某慶国の麒麟さんが柱の影で泣いていたとかいないとか。
蛇の足2
ふっふっふ、そうですか・・・・私はのけ者ですか・・・延台輔には御酒の御礼を今 度じっくりといたさねばなりますまい。さて、どんな御礼がよろしいでしょうか ねぇ。この私をのけ者だのと、まずは雁に青鳥でも飛ばしましょうかねぇ。
っと、あくまでも涼しげな(絶対零度か?)某慶国の冢宰様がいたとかいないとか。


by凍れる果実 




*******************************************************

凍結果実凍れる果実さまからアイスワインをいただきました。己の主は人身御供にするし、最強伝説を誇る慶国冢宰もさりげなく牽制。六ちゃん強し!!修業の足りぬ景台輔など鼻息で吹っ飛ばされてますな・・・(笑)味見というのはこっそり一人で楽しむものですわねうーふーふvv凍れる果実さん、ありがとうございました。ご予定にあるというアイスワイン黒泰麒編、楽しみにお待ちしていますvv